空き缶ぽい捨てと自動販売機
空き缶ごみはどうなったのだろう。そう思って世の中を見て歩くと、以前はあれほど散乱していた空き缶ごみが、今ではあまり気がつかない。
人々のモラルが向上したのか。法整備が進んだのか。ゴミ箱設置の社会整備が進んだのか。清掃体制が整備されたのか。

日本で最初に缶飲料が販売されたのは1955年。それまでは飲料といえば粉末またはビン入りだった。当時のビン容器はデポジット制をとり、購入時にビン代が上乗せして販売され、ビンの返却時に預かり金を返却された。そのため「ビンごみ問題」はさほど生じなかった。また、ビンと缶では中身の値段がずいぶん缶のほうが高価であった。

缶容器が爆発的に普及したきっかけは「プルタブ」と「缶自動販売機」の出現ではなかっただろうか。
それまでの缶飲料といえば携行に手軽ではあったが、口をあけるのに専用の器具が必要だった。(かんのこちら側と向こう側に穴を開けて飲んだのだな。)それが、1968年に出現したプルタブにより、器具を使わずに缶を開けて飲料を飲むことができるようになった。
また、1970年には缶の自動販売機が出現、全国に普及してゆく。缶自動販売機の利点は、店頭販売よりも適当な温度管理がされたことと、防水性。それまでのカップ式やビンの自動販売機では屋外設置が困難であったものが、缶自動販売機は小売店の店先を中心に屋外に次々と設置され、缶飲料と缶自動販売機は相乗的に全国に普及していった。

空き缶ぽい捨てがいつごろから認識されていたのか。
「空き缶対策条例」(兼子仁・関哲夫編緒 北樹出版)では「昭和40年代の後半ごろから、とくに観光地、あるいは大都市を中心に、空き缶が大量に散乱して、地域の環境を著しく損ねるという現象が発生して参りました。これを空き缶公害と呼ぶ向きもあります。」としている。
行政の対応としては、昭和47年(1972年)に「三鷹市廃棄物の処理および清掃に関する条例」が制定され事業者が廃棄物の回収に努める旨が定められ、昭和48年には空き缶回収のみを目的とした条例「町田市あきかん回収条例」が制定されている。
昭和56年には缶容器へのデポジット制度の導入の適否が検討された「京都市飲料容器の散乱の防止及び再資源化の促進に関する条例」が制定され、デポジット制度は導入されなかったものの、条例には自動販売機製造販売業者の責務(第6条)、自動販売機の届出等(第13条)など、「自動販売機」のみを対象とした規定が定められた。
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by epole | 2007-12-04 06:26


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