「真澄、病院の受付けのところに、ジュースの自動販売機があったろ。ちょっとジュースを買ってきておくれ。」と三崎は言った。
私の読んでいるこの本は、
高橋和己 著 『白く塗りたる墓』 第一部第10章
発行所:筑摩書房、昭和46年5月25日初版第1刷発行、昭和46年6月15日初版第2刷発行のもの。
小説の時代は大学紛争のただなかではあるが、主人公が身を置くジャーナリズムの世界は(業界外のわたくしには)現在とそれほど変わらないように感じられる。
病院に入院した主人公は、母にしばらく席をはずしてもらうため、母と一緒に見舞いに来た娘に自動販売機でジュースを買ってくるようにいうのである。
売店ではなくて、自動販売機。屋内自動販売機。
それは登場人物の全てに違和感なく自然なものの言い回しであったようだ。
ただし、いまなら「何にするの?」と尋ねるだろう。昔はジュース!も選択肢が少なかった。
この自動販売機は缶だったのかカップだったのか。それともビン?
「どうしたんえ?」戸口のところに母が立っていた。足音はしなかったから、大分前から彼の様子を見ていたのかもしれなかった。真澄がジュースの瓶をかかえて母の裾に身をかくすように立っている。おどおどと、彼に優しい声をかけてもらうのを必死に待つように。
受付けの前にあったのは、ビンのジュースの自動販売機でありました。