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「雨の日と月曜日は」の自動販売機
〈うーん、ナカナカ固い頭だ〉
インプットが同じだとアウトプットが毎度同じ。
お金を入れると、ゴトンと缶コーヒーが出てくる自動販売機のような私だ。

わたくしが読んでいるこの本は「自動販売機のような私」(上原隆 著「雨の日と月曜日は」収録 平成17年6月1日発行)

そういわれると、柔らかい自動販売機というものにはこれまでであったことがなく、どれもこれも必ず同じ成型を保っていてゆずらない、頭をぶつけても、勝つのはいつも自動販売機の方であろう。
とはいえ著者がいうところの「自動販売機のように固い頭の私」とは、物理的な堅さではなくて、インプットが同じだとアウトプットがいつも同じだということなのだな。

この自動販売機のたとえは実に日本的なものである。外国人と自動販売機について語ると必ずでるのが「誤動作」で、自動販売機にお金を入れても商品が出てこない経験をしていない外国人はいないのではないかとも思える。故に海外で「自動販売機のような私I,like a vending machine」といえば、決して頭が固いという意味ではなく、「役立たず、間抜け I,who is so stupid」という意味となるであろう。
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by epole | 2010-10-16 19:30 | 小説にみる自販機
黄金甲(上海蟹)の自動販売機
今日のズームイン!!サタデーでは、中国南京市で設置された自動販売機が紹介されました。

「もし死んでいたら三倍にしてお返しします」と書かれた広告の横の自動販売機で販売されているのは「生きた上海蟹(黄金甲)」。一杯が日本円で120円から600円で、一杯ずつ専用容器に納められ、中の温度は蟹が冬眠状態となる5度に保たれているとのことです。売り上げは一日およそ100杯で、日本円で4万円ほどを売り上げるとのことです。

日本では伊勢海老をクレーンゲームに入れたものがあって、一時各地に置かれていましたが、動物虐待の批判などもあり見かけなくなりました。
今回の上海蟹の自動販売機はゲームで引っ掛けるような虐待行為はなさそうで、生きた食材を睡眠状態にして生きたまま鮮度を保ち輸送する技術は通常行われている行為ではあります。

ただ、生きた動物を器械に入れて無人のままで陳列するというのはいかにも無機質な感じで、生命を冒涜するような行為と思うのだがどうだろうか。

ちなみに番組では触れられていませんが、同じ自動販売機で「たれ」も容器に入れて販売されていました。たれの販売は理解できるのだな。
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by epole | 2010-10-16 08:17 | 自販機いろいろ
「町おこし」の経済学の自動販売機
小布施の町には、古い伝統ある家屋が多く残されている。いまから約20年前に北斎館・小布施堂周辺(1.6ha)を中心に、景観の統一運動がはじまった。ここの界隈にある店の特徴は、土壁、白い漆喰づくり、切妻屋根、格子窓、二階程度の高さに統一されている。看板は、土や石など自然材で作られ、ネオンサインや電光板は、原則として廃止された。自動販売機は木製の格子で覆われ、目立たないようにした。(中略)
景観基準は条例になり、景観に調和した建物、生け垣、広告物に対しては、補助金が支給され、とくに優れたものには賞が与えられた。看板や自動販売機については、景観を損なわないよう、デザイン、色、設置場所が規定された。

私が読んでいるこの本は「「町おこし」の経済学」(竹内宏著 2004年5月10日初版印刷2004年5月20日初刷発行)

長野県上高井郡小布施町に関するレポート。その優れた街づくりに対して多くの研究者が訪れている。
小布施の町並みは、町に住む人々にとっては当たり前の風景で、たとえば修景地区に古めの建築物が多いといってもすべてではなく、屋根の平らなビルディング風建築物が混在していたり、古めといってもそれほど伝統あるというほどの古さでもないことが保存にブレーキをかけがちなのだが、ここ小布施では優れた指導者による導きによりその風景の価値を来訪者が認め、研究者が認め、地元の人々が認め、いよいよその価値を高めていっている。

私がここで読むのは「自動販売機」の部分であるが、残念ながら小布施町にはここに記述されたような景観に配慮した自動販売機は現存していない。たまに町人が景観に優れたとするのも、たとえば駅前の木下ラジオ店前のこげ茶色をした飲料自動販売機なのだが、これはそのへんのどこにでもある、安易な言い訳程度のめだたないような色で全体を一色に塗られた自動販売機というだけである。隣に置かれたふる~い廃自動販売機のほうがむしろ町並みには合っている。

引用文に記載された自動販売機は確かに修景地区の小布施堂本店前に設置されていたのですが、店先に自動販売機があることにより「お客様が店員と会話をされなくなった(小布施堂セーラ・マリ・カミングス取締役談)」ことにより撤去されています。
それは優れた判断だと思うのではありますが、一方、その自動販売機がいま置かれているとすると、『むしろそこに有ることが優れた景観をよりひきたたせる』自動販売機として存在していたのではないかと、残念にも思うところです。
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by epole | 2010-10-10 11:33 | 小説にみる自販機
松本市中山の民家入り口のたばこ自動販売機
a0003909_23325260.jpg10月1日からたばこに係る税率引き上げに伴うたばこの販売価格が引き上げられてます。
これに関する記事を残さねばと思い、たまたま通りかかった松本市から塩尻市まで続く地方道沿いの民家入り口に設置されている3台のたばこ自動販売機+飲料自動販売機1台。

農地のなかを通る道路には、道路沿いに民家がぽつぽつ並ぶほかは商店がないなかを、自動車が10秒に一台くらい走る。その、道路から5mほど引っ込んだ民家が管理しているだろう自動販売機群4台。

左の3台はたばこ自動販売機だが、販売品目がまちなかでよく見る品目と異なる、さまざまな形と色をしたパッケージ。わたくしはこのところタバコを吸わないのでよくわからないのだが、珍しいものも売っているのではないか。近寄ってよくみてみると、左側の自販機の一番下の段にはなつかしい「エコー」とか「わかば」とかが売っている。これらの値段は各250円と240円で、他のタバコ、たとえば「チェリー」410円と比べても明らかに安い。どうやらこれらは「旧3級品」で安く抑えられているらしく、今回の値上げの際も比較的安く抑えられ、どうしても禁煙をしない輩にはおススメとの報道があったのを思い出す。「中南海」というのもあるが、中国製か。中南信なら地元っぽいのだが。

右の一台はコイン
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投入口がテープで
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閉じられるなど、
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販売が停止されている。タスポの機械もついていない。
一台だけ道路を向いたダイドーの飲料自動販売機の横には「たばこ」と書かれ、道行く自動車にたばこの購入を促している。
ここはひとどおりもなく見ている大人もいないから、タスポさえ持っていれば、子供でもらくに購入が可能ですなぁ。
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by epole | 2010-10-09 23:34 | たばこの自販機
「踊る地平線」の自働レストラン
以下、面談ーといいたいところだが、羽左衛門によれば、ただー。
倫敦は、地味でおちついていて。
巴里は、騒々しいが暢気で面白く。
亜米利加は、便利でおそろしくにぎやかだが、ロンドンが一番好きーおちついた気分だからーというだけのことで、
『何しろあめりかは大したものです。早いはなしが、食い物屋へ出かける。あちらでいうカフェテリヤ、つまりレストランでさね。あなた方もまあ一度は亜米利加へも行ってごらんなさい。這入るてとこう、ずらりと機械みたいな物が並んでて、穴へ金を入れると自働でもってパンが出る、ね、肉が出る、はははは、コップにコウヒイが出て一ぱいになると止まりまさあーって調子で、万事が簡便主義です。そのかわり人間も簡便だ。(後略)

私が読んでいるこの本は「黄と白の群像」(谷譲次著『踊る地平線』収録 岩波文庫1999年10月15日第1刷発行 なお、底本は昭和9年新潮社刊の一人三人全集第15巻『踊る地平線』。尾崎秀樹の解説によると『踊る地平線』は昭和3年8月から翌年7月までの12回にわたって『中央公論』に『新世界巡礼』の通しタイトルで掲載された。『黄と白の群像』は昭和3年10月に掲載されたと考えられる。)

『踊る地平線』は、著者が昭和2年から中央公論特派員として夫婦でヨーロッパを旅行した際の旅行記であるが、上記の風景は、体験としてでなく、羽左衛門氏の話の中で語られる、米国におけるオートマットの風景である。
穴に金を入れると自働でパンが出る、肉が出る、コーヒーが一定量注がれる風景は、当時の日本人にはどのように受け止められたのか。明治期から日本では果実水の自動計量販売機があるが、それだけのレストランというのはいかにも簡便主義で味気ない物と思われたのではないか。
いま、そのような風景は日本各地にみられるのだが。
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by epole | 2010-10-06 23:12 | 小説にみる自販機
「一億人の昭和史」のたばこ自動販売機
昭和32年5月22日 たばこ自動販売機 大阪で試験的に登場 東京は34年から

私が読んでいるこの本は「一億人の昭和史⑮昭和史写真年表元年~51年 発行所毎日新聞社」

さきに述べたとおり、煙草自動販売機は明治後期には普及し、昭和10年頃には「専売局事業合理化要綱」のなかで「自働発売機ノ設置奨励」が求められているのだが。発行所たる毎日新聞社はどのような資料をもってこの記述を挿入したのか知りたいものである。(ひらがなになったか?『煙草』→『たばこ』)

なお、昭和40年「37年に1万台の自動販売機が29万台に激増」とある。
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by epole | 2010-10-05 00:20 | 史料
果実水の自動計量販売器
a0003909_1875817.jpg果実水の自動販売

果実水(殊にみかん水、苺水、りんご水の類)の自動販売は、彼の自動計量販売器に由て行はれるのである、此販売器は、近年東京(殊に浅草公園)に於て大いなる流行を為せるものにして、其大要は図に示したるが如き外観と構造を有するものである。
此図は金魚入自働販売器の表裏両面を示したるものなるも、尚此他に呼鈴付或は音楽入りの自動販売器なるものがある、今此器の図解を兼ねて、其使用法を簡単に説明すれば次の如くである。
先ず其表面図より説明せんに、今飲まんと欲する果実水の上辺に設けられたる銅貨入口より一銭の銅貨を投入する、然るときは其銅線の重量によりて内部に於ける或る機械の小歯車が回転を初め、夫れが為に護謨管(果実水の内部に流通せるもの)を閉塞せる或る部分の止めを開き、之れによりて玆に果実水を流出せしむるのである、果実水の流出が一定量に及ぶときは其銅銭は自己の重量に由って自然に其機械より放れて落下し、之れと同時に歯車の運転は休止し、護謨管の鎖閉は再び行はれ、従って果実水の流出が全く止まるのである、又ユスギ水と記したる出口よりは、其上辺のボタンを押すに由ってコップを洗浄すべき清水が流下するのである。
次いで裏面図によって説明せんに、其上辺に備へられたる果実水貯蔵瓶には各種の果実水を製造貯蔵(製法は果実水の条に詳らかなり、通常は果実蜜を稀めて製す)し硝子管と護謨管との連接によりて彼の内部主要機械の一部に接続せらるヽのである。
此自働販売器は之れを営業用に使用するときは、一日に一度其果実水を調整して、これを貯蔵器に入れ置くのみで、他に何等の手数を要することなしに、機械自らが、顧客に接するの労を取るものなれば、時間の経済と、人手を省くと云ふ二種の得点ある、頗る便利なものであると云ふ。(後略)

私が読んでいるこの本は「実験夏期飲料製造法」(上田孝吉編 明治44年6月12日印刷 明治44年6月15日発行)

本編の記載によれば、自動計量販売器は明治44年、東京(特に浅草公園)で大流行しているのである。
この自動販売機で使用される動力は銅貨の重量のみであり、中の液体を一定量流出させ、止める方式は、切手やたばこの自動販売機と比べて構造が単純なようである。考えてみると、これは構造的には紀元前215年にアレクサンドリアの神殿でヘロンが発明したとされる世界最古の自動販売機「聖水の自動販売機」の延長にある。
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by epole | 2010-10-04 18:20 | 史料
「専売局事業合理化要綱」の自動発売機
文書課長 専売局
専売局事業合理化要綱


専売事業合理化要綱

事業部関係
甲、煙草
一、煙草元売捌制度ノ改正(別途立案)
一、煙草小売人組合ノ奨励
  煙草小売人組合ヲシテ販売状況ノ報告ヲ為サシムルノ外自発的ニ組合内小売人ノ店舗設備ノ改善、指示事項ノ遵守等ヲ督励セシメ誠実ナル販売補助機関トシテ活動セシムル為奨励金ヲ支給スルコトトシ特ニ次ノ諸項ヲ実行セシメントス(別表第一号参照)
  (1)小売人出売ノ奨励
  (2)自働発売機ノ設置奨励
  (3)新製品等ノ広告宣伝
(後略)


専売局
専売事業合理化要綱

事業部関係 
甲、煙草
一、販売機関ノ整備
 イ、元売払人制度ノ改正(別途立案)
 ロ、煙草売払人組合ヲ活動セシムル為ニ奨励金ヲ交付スルコト
   小売人組合ヲシテ自発的ニ組合内小売人ノ店舗設備ノ改善、指示事項ノ順守等ヲ督励セシメ誠実ナル販売補助機関トシテ活動セシムル為奨励金ヲ支給スルコトトシ特ニ次ノ諸項ヲ実行セシメントス
  (1)小売人出売ノ奨励
  (2)自働発売機ノ設置奨励
  (3)新製品等ノ広告宣伝
(後略)


私が読んでいるこの資料は「専売事業合理化要綱」(国立公文書館アジア歴史資料センター所蔵)

「専売事業合理化要綱」「専売事業合理化要綱」と、同題の要綱が並ぶ。いずれも施行日の記述がないが、前の要綱に昭和9年までの状況分析が記されていることから、昭和10年頃作成されたものと思われる。
当時煙草の販売促進のため、たばこ自動販売機の設置が奨励されていた。
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by epole | 2010-10-04 10:17 | 史料
「小學校兒童の自働販賣器」
a0003909_2564919.jpg兒童をして廉直誠實の慣習を養はしめ、殊に物品を求めば、必ず其の代價を佛ふべきものなる事を知らしめ且つ人の知ると知らざるとに由て、行を異にせざらしめ、以て品性陶冶の一端に資せんとするは、即ち自働販賣器の主旨とする所にして、實に東京府北豊島郡南千住町瑞光尋常高等小学校々長山口袈裟治の考案に成れり。此の器收むる所は、書用紙、鉛筆、筆、消護謨、雑記帳等の學用品に係り、之を教室に備へて、物品には各々其代價を記し置きたるのみ。斯しくして兒童は自己の要すべき品物に對し、各々相當の代金を出し之を器中の金入函に投じ、然る後之を持ち去るに一任せしむ。金入函の下部には小銭を納めありて、若し剰銭を要する時は、其の中よりして任意に之を取去らしむ。此の器の創始せられたるは四十一年十二月の事に係るも、爾来未だ嘗て品物の不足を告げし事あらず、且此等品物の購賣に就きても、亦賣上髙の計算等に就いても全會て教師の手を煩わせたる事なく、生徒自らその事を辨じて、能く實行を擧げつヽありといふ販賣品の利得金は之を兒童の参考に資すべき、讀本、雑誌類の購求費に充て、一に兒童の時よりして、自治の習慣に熟せしめんことを圖れりといふ。

私が読んでいるこの本は「小學校兒童の自働販賣器」(地方経営小鑑 明治43年6月内務省印刷 国会図書館蔵 明治44年2月10日内務省地方局寄贈)

ここでは
① 物品を求めれば、必ずその代償を支払うことを知らしめること
② 人が見ていようといまいと行いを異にしないことにより品行を育成すること(品性陶冶(ひんせいとうや))
が自動販売機の主旨であるとして、明治41年12月から小学校に設置された自動販売機の様子が紹介されています。
この自動販売機は穴にお金を入れ商品を選択すると商品とおつりがでてくる現在のものとは異なり、ただいくつかの商品を収納した箱で、生徒は代金を入れて自ら中の商品を取り出し、必要に応じておつりを計算して取り出すというもののようです。
これは俵屋さんが考案したような日本らしいからくりを駆使した精密な発想ではなく、英国で登場したという煙草の自動販売機=お金を入れると留め金が外れて蓋があき、必要な量の煙草をとって蓋を占めるという、現代では自動販売機とは呼ぶことが憚られるような、いわゆる無人販売所のようなものなのでしょう。

わたくし、この文章については数年前に出会っていたのですが、これまでブログ等に記録をしていなかったようですので、今回アップしました。
ところで、尋常小学校と言えば、今の小学校に当たる。何年生かわからぬが、釣り銭の間違いもなくこの「自動販売機」が運用されているというのは大変なことであります。先生方の苦労が思われるところです。
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by epole | 2010-10-04 01:58