カテゴリ:小説にみる自販機( 106 )
「コンセント」の自動販売機
「なんでここに?」二人で同時に同じ言葉を口にして、目を見合わせて吹き出した。それから律子に誘われるままに、学内にある自販機コーナーの椅子に腰を降ろした。クーラーが効いていないのでひどく暑い。自販機に小銭を投入しながら話す律子は、まるで十年前からの親友のようだ。
(中略)
どこかの駅前みたいだった。アーケードのついた小さな商店街が見える。バス停があって何台ものバスが並んでいる。古びた改札と券売機、不動産屋、タバコ屋、コンビニ、ポスト、自転車置き場、信号、本屋・・・・・・。錆びたベンチがある。座ろう。座って何が起こっているのか頭を整理しよう。私はよろよろとベンチに腰を降ろす。無声映画の登場人物のように目の前を人々がバスに乗り、バスを降り、通り過ぎていく。ひどく眩しい。

私が読んでいるこの本は、
『コンセント』(田口ランディ著  2000年6月10日第1刷発行)

この小説に出現する自動販売機は、大学学内の飲料自動販売機と、駅の券売機である。
そこにはここに文字で表現されない無数の自動販売機が存在し、「私」の目にはそれが映っているはずである。しかし、「私」はそれを認識しない。
タバコの自動販売機はタバコ屋、コンビニ、または本屋に属し、飲料自動販売機もまた同じ。ベンチは飲料メーカーの提供したものかもしれないが、「私」にとってはどうでもよい。座ることができれば、椅子であればよいのだ。

多くの場合、私たちはまちで自動販売機を見ているのでなく、町の姿、店全体を見ているのだ。特別に自動販売機を見ようとしない限り。
それは、自動販売機がどうでもよいということでなく、自動販売機の与える印象が、自動販売機にとどまらず、店全体、町全体の印象としてとらえられてしまうということだと思うのだ。

安易に自動販売機を店先におき、それで店全体、街全体を判断されてはかなわないな。
蛇足だが、自動販売機にコンセントはよく似合う。
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by epole | 2010-05-16 15:01 | 小説にみる自販機
「孤島の鬼」の自動殺人機械
子供はただよくし込まれた自動機械にすぎないのです。なんという奇抜な、しかし身の毛もよ立つ思いつきでしょう。(中略)進化論者の説によると、子供は人類の原始時代を象徴していて、おとなより野蛮で残忍なものです。そういう子供を、自動殺人機械に選んだ蔭の犯人の悪智恵には、実に驚くじゃありませんか。

私が読んでいるこの本は、
『孤島の鬼』(江戸川乱歩著「孤島の鬼(江戸川乱歩全集3 昭和44年6月10日第1刷発行 昭和44年12月15日第6刷発行)」

江戸川乱歩の時代、自動販売機は既にちまたで活用され始めているはずなのだが、江戸川乱歩の作品中にはなかなかその記述が見当たらない。その仕掛けが不思議でありながら、完全に合理的であることが江戸川乱歩の世界観に沿わないものであったためなのだろうか。あるいは、自動販売機自体の不思議さが彼の作品の不思議を超えていたためであろうか。

「孤島の鬼」は、昭和4年1月から同5年2月まで「朝日」に連載された作品である。当時はすでに袋入菓子自動販売機、入場券自動販売機の普及が始まっているのだが、作品中にはその記載はなく、類似の用語として「自動機械」が使用されるのみである。
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by epole | 2010-05-05 18:33 | 小説にみる自販機
「ナウのしくみ89」の自動販売機
銀色缶のドライビール戦争が酣である。ビールなんてものは、とりあえず飲めればいいものだ。ま、酒屋の冷蔵庫や自動販売機でチョイスするときは、客の銘柄の好みなどが反映されるが、呑み屋やレストランの場合、店の人から「え、キリンとサッポロ、アサヒ、サントリーとございますが……」と聞かれない限り、あまり客は銘柄を指定することはない。とにかく「ぬるくなければ許す」くらいなものである。

私が読んでいるこの本は、
『ドライなビールをめぐる論争』(泉麻人著「ナウのしくみ89」1988年12月15日第1刷)

この本は、ナウのしくみ89といいながら、発行は1988年である。
いまではアルコール飲料の自動販売機は、市内では数えるほどしかなくなってきたのだが、1988年当時は銘柄が選べるほど並んでいたのだな。
昨日はブックオフに一時間ほどいて、尾崎豊さんの著作3冊など、数冊を読んだのだが、自動販売機が出現したのはこの一冊だけでした。尾崎さんはまちをさまよい歩くのだが、彼の眼には自動販売機のような「便利な」ものは映らなかったのかもしれない。
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by epole | 2010-04-24 09:12 | 小説にみる自販機
売れすぎ御免!の自動ネイルアート機
指先のおしゃれに気を使う女性が増えた。とはいえ、ネイリスト(ネイルアートのプロ)に頼むと両手で四千円前後、一時間弱かかる。これを一回150円から、時間も最短30秒で完成させるネイルアート機が「マキュネイル」。それぞれの立場で新規事業に強い関心を持った宮城勝由氏と萩原一則氏の出会いから開発が始まった。

わたくしが読んでいるこの本は、
『自動ネイルアート機・斬新構想に技術者挑む』(「売れすぎ御免!」ヒットの仕掛け人2005年7月1日第1刷発行 日経産業新聞=編)

行ってみないと、見てみないと、どこにどんな自動販売機や自動機械があるのかわからないもので、自動ネイルアート機とは思いもよらない分野でした。ネイルアート機は当初ゲームセンターに納入していたものが、小型化や美容院に受け入れられるだけのデザインを達成し、文章の書かれた段階で300店が導入、年内に販売台数を500台上乗せする計画とのこと。
わたくしが行きつけのお店でネイルアート機は見かけないのだが、長野松本周辺で、この機械を導入している店はあるのだろうか。あったらぜひ指を一本試してみたいものであります。

今日は小布施の「境内アート」にいき、その帰りに小布施町図書館「まちとしょテラソ」で3時間ほど大正時代の小説をあたりましたが、自動販売機に関する記述を発見するに至りませんでした。
そうではありますが、大正期の自由な作風は、まるで現代の小説を読んでいるようで、これが学校で覚えさせられたことば「大正デモクラシー」なのだなぁと、改めて感じたところでした。
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by epole | 2010-04-18 22:32 | 小説にみる自販機
「車イスから見た街」の自動販売機
自動販売機も扱いにくいものの一つです。自動販売機のなかには、車イスから見れば押しボタンの位置が高すぎて、手がとどかないものがあります。たとえば、コーヒーが飲みたいと思って自動販売機に近づいてみると、コーヒーと書かれた押しボタンの位置は高くて、手がとどきません。ところが、ジュースの押しボタンなら低い位置にあり、押すことができます。しかたがない、ジュースにするか、となってしまうのです。押しボタンの位置によってそのときの飲み物が決まることになります。

わたくしが読んでいるこの本は、
村田稔著  『車イスから見た街』(岩波ジュニア新書238 1994年6月20日第1刷発行 1999年5月6日第12刷発行)

いまでは商品選択ボタンを真ん中くらいの高さにも設けた自動販売機が多くの場所で設置されるようになりましたが、この本の出た1994年当時はそのような配慮をした自動販売機の例があったかどうか。しかしながら、現在でも、路を歩いていてそのような自動販売機に出会うことは稀なのであります。
それでも、例えば商品の配列を、下ボタンで多くの種類の商品を選択できるようにすれば、わざわざ機械を改造・交換しなくても対応できる場合があるのではないかともわたくしは思いました。
昔の自動販売機はほぼ一列しか商品が販売されていませんでした。いまは数倍に商品の選択肢が広がっています。たとえば14列×3段の自動販売機の場合、42のボタンがあるわけですが、下の14のボタンを売上げの多い商品から割り振りますと、かなりの割合の需要に応えられるのではないかと思うわけです。

この文章は、車イスの人の商品選択の不自由ということのほかに、一般に自動販売機の使用者がどのように自動販売機で買う商品を決定するかを考えさせるものでした。
コーヒーを飲みたくて自動販売機に向かうのか、飲料を飲みたくて、できたらコーヒーがいいなぁと思って自動販売機に向かうのか。なんでもよくて、自動販売機を見て決めるのか。自動販売機が飲み物を飲みたくさせるのか。
特定の商品を欲しているのか。

成人向け自動販売機の立地はとても狭くて段差があって、とても車イスでは買いにいけない。このことをどのように考えるべきであろうか。車イスの人はエッチ本は書店で堂々と買えとでもいうのか。それとも、健常者が代わりに買ってきてあげるとでもいうのか!
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by epole | 2010-03-28 16:41 | 小説にみる自販機
「十九、二十」の自動販売機
ぼくは十九歳で、走るのは速いが、歩くのはとてつもなく遅い。例えば十年後、サラリーマンになったぼくは、歩くのが速くなっているのだろうか。そして、走るのは遅くなっているのだろうか。バス通りを曲がる角の自動販売機で煙草を買い、一本ふかしながら部屋へ向かう。夕暮れの気配が濃密になり、陽を背にして歩くぼくの影が路上を長くなぞる。(中略)

あれはいつだったろう。172号教室前の廊下で初めて言葉を交わしてから、僕らは何となく近くに座って講義を受けるようになった。ラウンジで一緒に紙コップのコーヒーを飲んだり、レポートを見せ合ったり。少しずつ、少しずつぼくらは接近していった。そして秋になった頃。そう、確か十月だ。祥子は学生証を失くし、証明用の三分間写真を撮るのだとぼくに告げた。授業の帰りしなに僕らは、街の古い映画館の前にある自動写真ボックスに立ち寄った。中に入って三百円入れると、自動的に三枚撮影する例のやつだ。(中略)

深い緑の匂いと、ヒグラシの声。例えば何年か後に、十九の夏を思い出そうとするならば、今この瞬間の場面が浮かぶのではないだろうか。そんなことを考えながら、ぼくは遊歩道を下った。シトロエンを停めた辺りまで戻り、今度は舗装道路沿いに酒屋を探す。ありがたいことにそれはすぐに見つかった。ポケットの小銭を使いきって、店先の自動販売機でワンカップを三本買う。


わたくしが読んでいるこの本は、
原田宗典著  『十九、二十』(1989年11月15日第1刷)

作者の原田さんは、先に紹介した「十七歳だった!」でもいくつかの自動販売機を登場させています。この小説では「煙草の自動販売機」と「自動写真ボックス」と「ワンカップの自動販売機」が登場します。
このころはもうすでに街中の屋外に自動販売機が置かれ、普通に使用されていたことがわかる。特に、自動写真ボックスについては「例のやつだ」と、読者とその存在を共有するような記述がされている。
私の大好きな映画「アメリ」でも、写真ボックスが重要な役を負っていたことを思い出す。

煙草の自動販売機は曲がり角で、そこには以前タバコ屋があったのではないか。角のタバコ屋というのは非常に馴染みのある印象がある。
また、主人公は酒屋を探すのだが、探し出したそこでは自動販売機でワンカップを買う。はたして彼は酒屋を探したのか。それとも自動販売機を探していたのか。

ラウンジで彼女と飲んだ紙コップのコーヒーも、どうやらカップ式自動販売機によるのではなかろうか。
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by epole | 2010-03-24 23:05 | 小説にみる自販機
「私の履歴書 立石一真」の自動販売機その3
話は変わって、42年だったか、東京のとあるサラリーマン金融会社からローン・マシン(金銭貸し出し機)の注文があった。東京証券取引所上場会社の課長クラスを対象にクレジット・カードを発行し、それをローン・マシンに入れると自動的に2万円出てくる仕組み。返済は3ヶ月分の分割払い、年利3割ということだった。早速開発して1台納入、西銀座に据え付けられたが、場所柄、いっぱい飲みたい時の小遣いが威張って借りられると人気があった。
このローン・マシンのクレジット・カードには40年に米国のシカゴにある自動販売機の大手筋、キャンティーン社の依頼で、自動販売機用クレジット・カード・システムを開発した時の自主技術を使った。その後、ローン・マシンは進歩して44年10月、住友銀行の依頼でオン・ラインの自動現金支払い機となり、さらに中央の電子計算機につないで、自分の口座から直接預金が引き出せるオン・ラインの自動現金支払い機へと発展、46年8月、三菱銀行でスタートした。これも世界初の記憶すべき出来事である。
このほか47年から銀行の両替業務を無人化した1万円の万能両替機、48年には自動預金ができていよいよバンキング・システムが整ってきた。また高額自動販売機としては航空機搭乗券自動販売機も東京、大阪空港に各一台据え付けられ、日航、全日空共同使用(一万円入れると搭乗券とつり銭が出る)でごく最近実用化された。

わたくしが読んでいるこの本は、
立石一真著  『私の履歴書』(日本経済新聞に昭和49年5月連載。「私の履歴書 昭和の経営者群像5」 1992年10月20日1刷)

立石電機が担うサービスの入り口は、食堂から鉄道、そしていよいよ航空へとつながっていく。私はこれまで米国に3回、欧州に1回、中東に1回だけ渡航経験があるのだが、いずれも自動券売機を使用してこなかった。その存在すら知らなかったのであります。
昨年セントレアから那覇まで飛んだ際は、楽天のHPで航空券を予約し、携帯電話に覚えさせ、セントレアの全日空の窓口で搭乗券と引き換えになりました。これは本文中の立石電機の開発したシステムよりも進んだ形態だと思うのだが、今はもう2010年であり、立石電機が1972年に航空機搭乗券自動販売機を開発してから38年を経過しているのだ。
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by epole | 2010-03-21 21:40 | 小説にみる自販機
「私の履歴書 立石一真」の自動販売機その2
しかし、この開発で技術的には得るところが大きかった。それは私どもの自動制御技術に電子計算機を組み合わせて、サイバネーションという最新の技術を自主的に開拓できたからである。そしてそれがわが社のシステム開発の支えになって、次の発展を約束してくれた。
というのもそのうちに国鉄、私鉄あたりから乗車券自動販売機の要望が出てきたのだ。それまでも十円玉を入れたら入場券が出てくる程度のごく簡単な機械はあった。しかしもっと高度で精巧なものが欲しいとの注文。そこで私どもの開発した食券自動販売機を乗車券自動販売機に模様がえ、駅務の無人化用に使ってもらえるようになった。
この券売機はその後どんどん進歩して、今ではこのなかに精巧な印刷機まで内蔵して、48種類からの切符をなかで自動的に印刷して出てくるようになった。また金銭登録機も内蔵しているので、その日の出札を自動的に記録でき、人間の手間がずいぶんはぶけるようになった。また最近では、券売機を10台、20台と並べて全部連動し、つり銭も自動的に補給されるようにした群管理システムも実用化されている。これだと、おそらく10台のシステムなら30数人の省力化が出来るであろう。
その後41年には、近鉄との共同開発で自動改札ができ、42年にはこれと自動券売機を組み合わせて阪急・北千里駅に世界で初めての大規模な無人駅システムが出現するのである。
(続く)

わたくしが読んでいるこの本は、
立石一真著  『私の履歴書』(日本経済新聞に昭和49年5月連載。「私の履歴書 昭和の経営者群像5」 1992年10月20日1刷)

自動販売機といえば、明治以来、その精密な内部構造、日本古来の「からくり」の延長としてのしくみ ー お金を入れると中にある商品が確実に出てくる ー により発展してきたのですが、立石電機はこの時期に「システム」としての自動販売機で業界に参入した。
通常の物品を販売する自動販売機では、お金を入れて商品が出てくるまで、それ一台で完結を果たすのだが、立石電機の自動販売機は、その機械だけでは完結しない。食券の自動販売機は食券が出るだけで、本当のサービスはそこから先、食堂の窓口でされる。また、駅の券売機も、サービスは鉄道に乗車し、目的駅を出るところで完結する。その中のシステムの一つとして、立石電機の自動販売機が存在するのである。
そしてそれはシステムの入り口を担うことにより、駅に入場し退場するという、大きな需要への対応を可能としていったのである。

立石電機の自動改札機開発については「通勤ラッシュを退治せよ〜世界初・自動改札機誕生(プロジェクトX挑戦者たち10 夢遥か、決戦への秘策)」に詳しい。ちなみに私はこの本をBookOffで105円の一割引で購入したのだが、その扉口には、プロジェクトXのキャスターである国井雅比古さんの「思いはかなう!H15.2.21」というサインがありました。
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by epole | 2010-03-21 10:35 | 小説にみる自販機
「私の履歴書 立石一真」の自動販売機その1
ちょうどそんなころ、昭和38年に京都大丸から地階の飲食コーナーに自動券売機を据え付けたいから作ってくれといってきた。それも単純な性能のものでなく、七種類の食券を百円、五十円、十円の三種類のコインを使ってーもちろんその真偽も見分けて、つり銭まで出るものをという。当時としてはなかなか出来そうもない高度な販売機である。しかし、難しいものに真っ先に取り組むというのが私の主義なので、とにかく引き受けた。しかし、これを成功させるには二つの技術開発を必要とした。コインの真偽を見分けるパターン認識と、少なくと三ケタの加算と減算のできる電子計算機である。
前者に付いては、その前の年に“チ37号事件”といって、大量のニセ千円札が横行して警察を悩ませたことがあった。そのとき科学警察研究所から私の社にニセ札発券機開発の要請があり、8日間でそれを作り上げた経験があるので、その技術を使えばよい。後者については全く初めてのことなので、ずいぶん戸惑ったが、ともかくその困難も乗り切った。そして入れた硬貨の合計やつり銭の表示も出来るような自動券売機を七台作って納入した。
一度評判も聞きたいし、お客の反応も見たかったので、お忍びでコーナーをのぞいてみたら田舎のおばあさんがこの券売機を見て「中に人間でも入っとるんかいな」とけげんな顔でながめていたので、私もちょっと得意になった。これは他にも販路が広がると期待したが、案に相違してこの食券自動販売機はその後さっぱり注文がなかった。
(続く)

わたくしが読んでいるこの本は、
立石一真著  『私の履歴書』(日本経済新聞に昭和49年5月連載。「私の履歴書 昭和の経営者群像5」 1992年10月20日1刷)

立石一真氏は、立石電機製作所、現オムロン株式会社の創業者で、この「私の履歴書」は、昭和49年の5月に日本経済新聞に連載されたものであります。
本文によると、オムロンが京都大丸から依頼を受けて、初めて自動販売機に取り組んだのが昭和38年とされています。
この昭和38年(1963年)という年は、日本の自動販売機業界にとって、特筆される年なのでして、同年4月に東京晴海で開催された第5回国際見本市では、アメリカ政府が自動販売機をテーマに展示を行い、同年12月には業界団体である「日本自動販売機工業会」が設立され、これ以降、自動販売機の生産・出荷台数についてもしっかりとした統計がとられるようになります。立石電機でも、同年4月に開発したベンジスタと呼ばれる電子販売会計機と紙幣両替機を開発し、国際見本市へ出品をしています。(参考文献:自動販売機20年史(日本自動販売機工業会))

ところで、「チ37号事件」で偽造された千円札は、聖徳太子の千円札でした。この事件をうけ、昭和38年11月1日、新しく伊藤博文の千円札が発行されました。また、昭和42年2月には、100円、50円の新硬貨が発行されました。
これらの硬貨がその後長期間継続して使用されることにより、主として100円以下の商品を扱う自動販売機の普及が加速することとなります。
(昭和39年に開催された東京オリンピックの段階では、なお100円はお札の方が多く使用されていたというのは、今では想像もつかないことです。それだけお金の価値が違っていたのでしょう。)

立石一真氏の「私の履歴書」には、まだ自動販売機に関する記述が続きます。
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by epole | 2010-03-20 23:13 | 小説にみる自販機
「かたちだけの愛」の自動販売機
一口飲んで、おくび混じりの溜息を吐き、もう一口飲もうと小瓶を口に当てかけた時、風呂上がりの女が一人、こちらに向かって歩いてきた。(中略)こちらを見ているのかと思ったが、自動販売機かと、小脇に避けて、オロナミンCの残りを飲み干した。立ち去ろうと、ゴミ箱にビンを捨てかけた時、女と目が合った。(中略)ディスプレイの光が、乳液で輝いている彼女の顔を横から強く照らした。

私が読んでいるこの文章は「かたちだけの愛(188)」(平野啓一郎著。読売新聞連載中)

連載第187回で登場したオロナミンCの自動販売機が再登場です。
主人公が風呂上がりにオロナミンCを飲んでいると、そのオロナミンCを買ったばかりの自動販売機の前で、これまた風呂上がりの美人との出会いがあるのです。
ところで、主人公は「ゴミ箱にビンを捨てかけた」のだが、私にはこの「ゴミ箱」という表現には少し抵抗があって、私だったら「ビン容器入れ」とか呼ぶのだろうと思うのだが。ゴミはゴミだが回収され再資源化される容器はゴミではない。主人公にはすこし環境に対する認識があまり高くはないようである。
そんな主人公が自動販売機の前で、すんなり美人と出会ってしまうのを、私はすこし妬ましく思う。
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by epole | 2010-03-19 20:12 | 小説にみる自販機