カテゴリ:小説にみる自販機( 106 )
「買った買った買った」の自動販売機その2
帰り際、お姉ちゃんの佳苗がひとつだけオネダリをした。同じ年くらいの女の子が手にしていた風船が欲しい、と言い出したのである。見ると、飲み物の自動販売機がずらずらと並んでいる端っこに、風船の自動販売機らしいものがある。
「へー、こんなものがあるのか」
驚きながら近づいてみると、それは確かに風船自動販売機であった。値段はひとつ二百円。色は赤、黄色、青など五色あって、好きなのを選べる。
「私青ね。絶対に青!」
とオネダリ(というか強制だなこれは)されるままに二百円を投入し、青のボタンを押す。機械はみるみる風船を膨らませて、ハイどうぞという感じで、手前の透明ケースの中に出てきた。便利なものである。


わたくしが読んでいるこの本は、
原田宗典著  『買った買った買った』収録『日曜日の風船』(1992年12月15日印刷 1992年12月30日発行)

a0003909_21291796.jpg長野県では先日県知事選挙があり、私も松本市のカタクラモールで選挙広報を行ったのだが、その際の広報グッズが大人に向けては選挙広報ポケットティッシュ、そして子供へは各色の風船でありました。
活動開始前に足踏みポンプで膨らませただけの風船が、子供達にとってはとても素敵なものに見えるようで、多くの子供達が風船を目指して多くの大人を引き連れて集まり、選挙広報活動は大盛況だったのでした。
(そういえば、選挙ポスターの掲示板と自動販売機が写っている写真を撮りながら、アップしていないのを思い出したので、間もなくここに貼り付けることとしよう。)

原田さんが見つけた風船自動販売機が置かれていたのは読売ランドとのことであります。飲料の自動販売機なんぞは大人が買っても子供が買っても結果は同じで、とくだん子供が大人を尊敬するようなものではなく、ただ買ってくれないケチな大人をこどもが軽蔑するだけのものですが、風船の自動販売機を操作し風船を出してくれるお父さんの姿は尊敬の対象となりうるのではないか?いや、結局キカイがすごいのであって、二百円を機械に入れる大人何ぞは当たり前の存在に映ってしまうのかもしれません。

この機械、子供がそのとき喜んで、遊園地の運営者も儲かるし、そのときは得をしたと思うのだが、将来のリピーターにつながらない。飲料の自動販売機も同様で、ただそこにあっただけで、当たり前に金を入れるとモノが出て来るだけの存在であるだけのもの。
心に残るのは人からしてもらう心のこもったサービスで、リピーターはそれを求めるのだ。いくら機械が「ありがとうございました。健康のためすい過ぎに注意しましょう」と言っても、「おおきに」だの「まいどぉ」などと言ったとしても同じことなのだな。
それを心得、いっさいの自動販売機を置かない遊園地がひとつ国内に存在している。
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by epole | 2010-08-24 21:01 | 小説にみる自販機
「健康のため吸いすぎに注意しましょう」の自動販売機
タバコの自動販売機の前に立つ。ずらりと並んだタバコの中からキャスターマイルドボックスタイプを選んで千円札を紙幣投入口へ挿入する。ボタンを押す。「ありがとうございました。健康のため吸いすぎに注意しましょう」突然自動販売機がしゃべったのでぎょっとした。無機質な女の声だ。かえって不愉快になる。しかもありがとうって言ったくせに肝心のたばこが出て来ないのだ。もう一度ぼたんを押す。やはりタバコは出て来ない。釣り銭返却レバーをガチャガチャとひねる。何とつり銭も出て来ない。(なんでよお!)(嘘つき!)タバコのボタンを何度も押す。 (中略)
(自動販売機まで私を馬鹿にするってわけね)(理由も言わずに、ひどいじゃない)私は思いっきり、自販機を蹴り上げてみた。チロと違って相手は機械なんだから手加減なんかするもんか!でも手加減しなかったぶんだけ爪先がしびれて、あまりの痛みにその場にうずくまってしまった。 「イタタタタタタタ」 
ありがとうございました。健康のため吸いすぎに注意しましょう。またあの慇懃無礼な女の声で自動販売機が繰り返す。ざけんじゃねえ。タバコ、出しなさいよ。頭に来たのでガツンと殴ってみた。「ぎゃあっ」ものすごく手が痛かった。(こんな理不尽なこと、納得できないわよ)(私が嫌なら理由を言ってよ)タバコは出て来ない。なんとしてでもタバコを手に入れたかった。お金を払ったんだから、当然の権利だもん。お金を入れたらタバコが出る・・・・・・それって世の中の常識でしょ?ルールでしょ? (中略)
タバコは出て来ない。私は思い切って、自販機を前後に揺すってみた。自販機の中でガタガタっという乾いた音がする。これはきっとタバコが中に引っ掛かっているに違いない。そう思って私はさらに激しく自販機を揺すった。そしたら、なんてことだ。自販機が私のほうに大きく傾いて倒れてきた。いけない、このままじゃ倒れてしまうって思って、必死に元の位置に戻そうと思うんだけど、自販機はものすごく重くって私はじりじりと自販機の重みにつぶされて、ついには自販機の下敷きになってしまったんだ。私は巨大な自販機に押し倒されて、地面にひっくりかえった。倒れたショックでさらに壊れた自販機は「ありがとうございました。健康のため吸いすぎに注意しましょう」という無機質な機械音声を際限なく繰り返し始めた。 (中略)
もがいても、もがいても自販機はびくともしない。 (中略)
どれくらいの時間がたったかな、急に自販機が動いて、私は我にかえった。ふと見ると二人のホームレスが「うんしょ、うんしょ」と倒れた自販機を持ち上げてくれているのだ。「ほれ、さっさと這い出さんかい」一人のホームレスにそう促されて、私はあわてて自販機の下から這いずり出した。私が這い出すと、二人はどしんと自販機を投げ捨てた。そのショックのせいかどうか、自販機の暴力のようなつぶやきは「ありがと・・・・・・」で止んだ。


わたくしが読んでいるこの本は、
田口ランディ著  『健康のため吸いすぎに注意しましょう』(「ミッドナイト・コール」収録 2000年12月21日第1版第1刷発行 2001年1月5日第1版第2刷発行)

自動販売機から機械音がお礼の言葉が流れてくるようになったのはこのころ(20世紀末)からだったか。この音声は普通に作動しているという信頼性が前提にあるのであって、今回のように、商品やおつりが出て来ないような状況では、被害者の心情を逆なでする効果音となってしまう。二度とこんな機械でものを買うものかと思うのであります。そして最後には「暴力」となる。

逆に商品が奥のほうからどかどかと流れるように大量に流れ出てきたり、少額でもよいから余計におつりが出てきて、さらに機械が「ありがとうございました」と間抜けた音声を発するのであれば、「うん、また買いに来るよ」と頭をなでたい心持になるものを。パン屋の1ダースではありませんが、自販機には正確を期すのはもちろんですが、最悪の場合、お客が損をしない、得をするような方向で故障するようにすれば、さらなる顧客の獲得に効果があると思うのでありました。

お金を入れると音声を発する自動販売機といえば、最近ではまったく珍しくなく、一時は前を通りかかると呼び込みまでする自動販売機も登場したのでしたが、さすがに騒がしいやらうっとうしいためか、それらはあまり音を立てなくなりました。商品を買うと音が出る自動販売機としては、大正13年には「映画付きグリコ自動販売機」が東京に設置されていたのでありました。当時から日本の技術というものは大したものだったのだなぁ。この自販機の場合、今回の無機質な感情のこもらない「ありがとう」と違って、映画の提供自体が購入する対象だったから、相当な確実性が求められたことでしょう。

ところで主人公は自販機をゆすっているうちに自販機が倒れ掛かってきて押しつぶされそうになるのでした。
そんなことが果たしてあるのかといいますと、最近では2007年8月22日付けの日刊スポーツに、自販機で圧死した自販機ドロの記事が掲載されていました。
最近ではほとんどの自動販売機はボルト等で地面に固定され倒れにくくなっているのですが、街を歩くといまだに固定されない自動販売機、こちら側に傾いていたり、細いブロックの土台上に固定され強度が不安な自動販売機などに出会うので、近づかないよう注意しなければなりません。

それにしても、心がマイナスのときには、たくさんのマイナスが連鎖するのはどういう訳なのだろうか。
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by epole | 2010-08-24 09:24 | 小説にみる自販機
「買った買った買った」の自動販売機
さて最近、このコードレス電話機と同じようにぼくと相性の悪い機械が一台、身近に現れた。仕事場のあるマンションの向かいに設置された、清涼飲料の自動販売機である。引っ越してきたばかりの頃はそうでもなかったのだが、ここ三カ月ほどはぼくに対して悪意を抱き始めたようなのである。
この自動販売機は、設置された場所がJT(日本たばこ)の関連施設の脇なので、清涼飲料の銘柄もハーフタイムというJTブランドのものばかりである。あまり見かけないような飲み物が揃っているので、物珍しくて一本ずつ飲んでみたところ”白ブドウ100”という微発泡性の炭酸飲料が意外なほど美味しいことを発見した。以来、しょっちゅうこの炭酸飲料を買っているのだが、とにかくトラブルが多い。まず一番最初は、確かに”白ぶどう100”のボタンを押したのに、商品取出口には缶コーヒーが落ちてきた。これはまあご愛嬌として許してやってもいいが、その一週間後くらいに、今度はお釣りの九十円が出てこないという凄惨な事件が勃発した。九十円と言えば、あと二十円足してもう一本購入できる金額である。百三十円足せばもう二本購入できる金額である。そういうふうに考えるとこれは大きい。大きいだけに悔しい。
その後も、記憶しているだけでも三回、お釣りが戻ってこないことがあった。それ以外にも、投入口へ硬貨を入れ損なって自動販売機の下へ転がってしまったことが二回もあったりして、まことに腹立たしい。文句を言おうにも、たいていの場合が夜中だったりするものだから、怒りのハケ口が見つからなくて尚更腹立たしい。これはもう機械と自分との相性が悪いのだと、無理にでも思わないことにはやり切れないではないか。


わたくしが読んでいるこの本は、
原田宗典著  『買った買った買った』収録『複雑な清涼飲料』(1992年12月15日印刷 1992年12月30日発行)

わたくしが”SECOND LIFE”内でイケ面の自動販売機オペレーター”epole Tomorrow”となり、このコミュニティゲームに海外から参加する皆さんに訊ねたところでは、彼らの自動販売機への印象と言えば、「すぐ故障する」というもので、彼らの多くが釣り銭が出てこないという状況を経験していたように思う。原田氏が1990年当時に馴染みのJTの清涼飲料の自動販売機に抱いた印象は、現在の海外の利用者のもつ自動販売機への印象と重なるものがある。

それにしても、立派に仕事をこなす自動販売機よりも、たまに商品を間違えたり、おつりが出てきなかったりする自動販売機がこんなに愛しいのはどうしてなのだろうか。
それは、彼がたまにお釣りを多く返してくれたりするだけではなく、いわゆる”出来の悪い子ほどかわいい”といった気持ちが利用者の意識の下に働くからなのではないか。
自動販売機があまりに正確に確実に作動する機械だとすると、あまりに冷たくて怖い感じが私にはするのだな。
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by epole | 2010-08-24 00:16 | 小説にみる自販機
ともだちのともだち Randy and epole
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真っ赤な顔をしているえぽるのお隣にいらっしゃるのは、田口ランディさんなのです。

ランディさんは、この日「発達障害」をテーマに開催されたフォーラムのゲストとして諏訪市に来られました。このフォーラムの主催者がえぽるの友人でありまして、かねて自動販売機を通じてランディさんの大ファンでありましたえぽるもフォーラムに参加をさせていただき、このツーショットという奇跡が起こったのでありました。

えぽるがいかに自分が自動販売機が好きであるかをとくとくとお話したところ、ランディさんはいやな顔をひとつもえぽるに対しては見せないで、事務所のあるビルにある、ものすごく大きい音を出している飲料自動販売機のことや、ご自身が最初に勤めたある大手自動販売機会社での話などをしてくださいました。

ランディさん、ありがとうございました。またぜひお越しになってください。
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by epole | 2010-07-06 23:54 | 小説にみる自販機
「土の中の子供」の自動販売機
私は少し前まで、深夜の街をうろうろと歩いていた。目的もなく、煙草を吸いながら、招かれるように明かりの少ない方へ、街のもっとも暗い位置を探すように歩いていた。彼らに会ったのは、公園の脇にある自動販売機の前だった。停車したバイクに乗ったまま、それぞれがジュースを飲み、煙草を吸い、酔ったように何かを噛み砕いていた。(中略)
車庫へと帰る途中、あの公園を見つけて車から降りた。先日の男達は、今日は来ていないようだった。自動販売機でコーヒーを買い、ベンチで飲んだ。(中略)
十階ほどの古びたマンションを見上げ、あそこから何かを落としてみようと思った。子供じみた発想に、胸が微かに踊った。自動販売機で缶コーヒーを買い、エレベーターを使わずに階段を上がった。

わたくしが読んでいるこの本は、
中村文則 著 『土の中の子供』(133回芥川賞受賞)平成17年上半期

彼はタクシードライバー。四六時中煙草を吸っているのだが、この小説には煙草の自動販売機は登場しない。缶コーヒーは、いくつかの意味で彼の心を一時的に充足させる。
彼が欲しいと思うとき、その近くに自動販売機はある。彼は自動販売機の方に吸い寄せられていくのか。
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by epole | 2010-06-22 00:10 | 小説にみる自販機
「ハーモニーの幸せ」の自動販売機
商店街に出ると急に明るくなった。とはいえ店はすべて閉まっているし、人通りもない。飲料水の自動販売機の明かりが、ぼんやりと道路を照らし出している。とぼとぼと歩いていくと、道の先に誰かが立っていて、長いシルエットが私に向かって伸びていた。

私が読んでいるこの本は、
『記憶、過去、そして歴史』(田口ランディ著 「ハーモニーの幸せ」収録 平成14年7月25日)

商店街の明かりの多くは街灯によるものだろうが、より道路に近い飲料自動販売機の明かりはそこをいっそう明るく照らす。ちなみにたばこの自動販売機は午後11時以降は販売停止され、明かりも閉ざされている。

おとといは満月で、月明かりと残雪の山が照らし出す大地の浮かび上がるような明るさをあなたは知っているだろうか。
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by epole | 2010-05-30 17:39 | 小説にみる自販機
「ウタキ夜話」の自販機
時計を見るとまだ十一時だった。部屋には冷蔵庫もないので、仕方なく自販機まで飲み物を買いに降りた。なぜ夢ばかり見るんだ。これじゃおちおち寝てもいられない。ポカリスエットを取り出し、暗い自販機コーナーのベンチでごくごくと飲む。

私が読んでいるこの本は、
『ウタキ夜話』(田口ランディ著 「昨晩お会いしましょう」収録 2001年10月31日第1刷発行)

この短編の冒頭でのサワノ君がフロント脇の業務用冷蔵庫から勝手にオリオンの缶ビールを取り出す描写、階段の踊り場のベンチに座ってオリオンビールを飲む描写があり、この民宿には自動販売機がないのではないかと思われたのだが。大塚の自動販売機がこの民宿には置かれていたようだ。

昨年は那覇と渡名喜島あわせて沖縄には一週間ほど滞在したが、毎日オリオンビールを飲んでいたような気がしている。今日、長野高校近くのスーパーマツヤで、アサヒ飲料が最近本土で販売開始したオリオンビールを買ったのも、この本を読み直したのも、何かの因縁なのかもしれない。
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by epole | 2010-05-30 00:31 | 小説にみる自販機
「旅人の心得」の自動券売機
電車がホームに入って来るのに、キヨスクが混んでいてなかなか雑誌が買えない。自分の前のおじさんがノロノロと財布からお金を出している。(ああ、もっと急いでよ。お金くらい用意しておけよ)私は内心、地団駄を踏んでイライラする。駅の券売所で、おばあさんが自動券売機の使い方がわからずにオタオタしている。後ろには長蛇の列。焦っているのでますますおばあさんは切符を買えない。(まったくもう、ちゃんと行き先の金額を確かめてから買ってよ。)私はまたしてもイライラする。

私が読んでいるこの本は、
『旅人の心得』(田口ランディ著  平成15年6月5日初版発行)

そういえば、駅のホームにたくさんある飲料自動販売機は、それほど購入する人を見かけないのになぜこれほどたくさんおかなければならないのかと思っていたのですが、電車の待ち合いの短時間に、自動販売機での購入に時間がかかる人がいたとしても、自動販売機の台数を増やし、他の自動販売機での対応により短時間に大量のお客をさばく意味合いもあるのでしょう。

短時間に欲望を満たそうとする需要に応えるには、機械的に窓口を増やし素早く対応することが効果的ですが、リピーターを増やすような印象づけがないのだなぁ。
特に、効率を追求し、すべての場所での購入窓口、自動販売機が画一化することにより、商店の魅力は急速に薄らいでいく。
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by epole | 2010-05-20 21:31 | 小説にみる自販機
「アンテナ」の自動販売機
その日は彼女の仕事が休みの日でさ、二人で買い出しに行って、刺し身だの鶏肉だのたくさん買い込んで、ビールを冷蔵庫に冷やして、のんびり一杯やろうとしていたんだ。あいつは唐揚げが好きな女でさ、山盛り揚げるんだよ、油がはねて火傷しながら。俺は、タバコが切れたのを思い出して、タバコ買ってくるわ、って、部屋を出たんだ。当時は西新宿の狭いマンションに住んでた。タバコ屋はマンションから三十メートルほどのところにあった。自動販売機でタバコを買って、だらだらと部屋に戻ってきた。台所からはプチプチと油のはねる音がしていた。俺は冷蔵庫を開けてビールを取り出し、先に一杯やってるからな、と声をかけた。返事はなかった。

私が読んでいるこの本は、
『アンテナ』(田口ランディ著  2000年10月31日第1刷発行)

タバコっていうのはほぼ価格が固定しているから、海外旅行で免税品を求めたり、パチンコで中途半端に出玉が残ったり、あるいはデパートでよほどきれいなおねいさんが販売していない限り、小売店で、他の食材とともに購入することはなさそうだ。特に近くに自動販売機がある場合には。

ここで「マンション近くにある」と認識されているのは「タバコ屋」である。しかしながら、当時「俺」がタバコを購入するのは「自動販売機」からである。

10年後、2010年の今では、タバコ屋の存在に関係なく、さまざまな場所に、店舗前にタバコの自動販売機は存在している。
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by epole | 2010-05-16 21:17 | 小説にみる自販機
「モザイク」の自動販売機
公園の砂場で遊んでいた。暖かないいお天気の日だった。母は「ジュースを買ってくるから」と言い、道路の向こう側にある自動販売機を指さした。私は頷いて、また砂遊びに夢中になった。母が砂の中に私の好きなガラスのビー玉を埋めたのだ。それを掘り出して色ごとに集めることに夢中になっていた。次に顔を上げたときには母の姿が消えていた。

私が読んでいるこの本は、
『モザイク』(田口ランディ著  2001年4月30日第1刷発行)

「私」に残る母の記憶には、大きく自動販売機が映り込んでいる。
4歳の子供と母との間に、自動販売機は当然なものとして入り込むことができるのだろうか。

先日から意識して公園と自動販売機の位置関係を注視しているのだが、意外と公園内には自動販売機が設置されていないことに気づく。
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by epole | 2010-05-16 20:56 | 小説にみる自販機