カテゴリ:小説にみる自販機( 106 )
日用品の文化誌の飲料水販売機 その2
情報の並置、相対化
また、「世界の縮小型を提示し、人に目から隠された全体を、生物や物の各範疇の見本によって目に見えるものとするという、百科全書的目的を持ったコレクション」を見せようとするものが出てきたとポミアンは言う。コレクションのカタログ同様、18世紀の百科全書もまた、マクロな世界を情報化〈ミクロ化〉して所有し、移動できるようなカタログとしたのだとも言えるだろう。重要なことは、そうした世界のカタログは線的な形式で語るのではなく、フーコーが指摘しているように情報を並置していることである。それは、あらゆる事象を等価な情報とすることでもある。
1754年にはイギリスで、有名なトーマス・チッペンデールによる『ジェントルマンと家具メーカーのための指針』という家具カタログがつくられている。こうしたカタログが出現してきたことは、家具の様式が地域や職業や階級に固有なものであり続けることが、すでにできなくなり、様式が相対化され、等価な情報となったことを示している。つまり、それまでの社会制度と結びついていた様式デザインが商品化され、市場経済のシステムに組み込まれたことを意味する。それは、産業ブルジョアジーの台頭と関連していた。
ここでん、現在の電子書籍についてふれておけば、インターネットが出現してくることによって、たとえばカルフォルニア大学バークレー校のキャンパスに置かれた自動販売機の中でどの販売機の清涼飲料のコンディションがいいのかという情報と、現代思想の新しいシーンに関する情報は等価になり、情報の実質の差異にではなく、いかに早くその情報を手にしているかという速度にその価値が置かれる。世界は電子情報カタログ化される。つまり、次々に新しい情報が並置される電子カタログ的な知のあり方がそこには反映されている。

わたくしが引き続き読んでいるこの本は、柏木博著「日用品の文化誌」(岩波新書(新赤版619) 1999年6月21日第1刷発行)

インターネット上に流れる情報は、殆どは「わたくしにとっては」意味のないもの、自分勝手な思い込みや浮かれた気分、思慮に劣る発言(たとえば先の経済産業大臣の発言のような)と思われるものが多く、それらは真に重要だと「わたくしが」認識する情報に比べて途方もなく多いのは事実であります。しかし、わたくしはそのような海の中から「自分にとって」重要な情報を取得する術を身につけています。
その手法は、カタログの上にあるのでなく、カタログを読み取る手法を消費者が身につけているのだと感じています。
ところが近年はその手法の分析が進み、カタログの方がその姿を変えて、私の手法に適合するように、カタログに優位なようにその形態を変化させてきています。(たとえばアマゾンやグーグル検索のように。)
それは、時に大変便利なことなのではあるけれど、一方で、カタログによる情報の一極化が進むことがとても危険に思えるのであります。
さて、そんなカタログ上に「カルフォルニア大学バークレー校のキャンパスに置かれた自動販売機の中でどの販売機の清涼飲料のコンディションがいいのか」という情報が掲載されたとしたら、それは「わたくしにとって」とても興味深い情報なのだなぁ。
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by epole | 2011-09-12 21:23 | 小説にみる自販機
日用品の文化誌の飲料水販売機
使い捨てる紙コップ
アメリカは紙をそれまでの使い方とはまったく異なった形で使った、新しい紙の文化を生み出したと言っていいだろう。
アメリカでつくられたもっとも象徴的な紙製品は、紙コップである。紙製のコップが考案されたのは1908年のことであった。当初は紙コップそのものが商品として扱われたり販売されたわけではない。最初は、1セント・コインを入れて紙コップで水が飲める販売機がつくられたのであり、つまり、飲料水販売のために紙コップが使われたのである。この飲料水販売機は、ヒュー・ムーアという人がアメリカン・ウオーター・サプライ・オブ・ニューイングランドという会社名でこの商品化したものだ。
たまたまこれと同じ時期に、カンサス州の保健委員をしていた医者のサミュエル・J・クラムバインという人物が、飲料水を飲むのに共同で使うブリキ製のコップが、結核菌を蔓延させる要因になっていると主張した。そして、カンサスのユニオン駅に入って来る列車に備え付けられているブリキ製コップをカンサス大学の細菌学科のM・A・バーバーのところに持ち込んだのである。その結果、結核菌が発見された。結局、カンサス州ではブリキ製共同コップの使用を禁止するということになった。(中略)こうした一連の出来事を背景にして、アメリカの各州で、しだいに共同コップ使用の禁止法が承認されていったのである。
以後、急速に紙コップの市場が形成されていった。ムーアは結局、最終的に紙コップを「デキシー・カップ」という商品名をつけて、独立した商品として売り出すことになった。
道具を他人と共有しない。再使用しない。その結果としての使い捨てが、紙製品という形をとった。

わたくしが読んでいるこの本は、柏木博著「日用品の文化誌」(岩波新書(新赤版619) 1999年6月21日第1刷発行)

いま、行楽等で、大人数で飲み物を共有する時かかせない紙コップの始まり。その起源をアメリカの紙文化に位置づけており、さらにその紙文化の起源が自動販売機に位置づけられているのであります。

わたしが最初に出会った自動販売機は、デパートの踊り場に設置された、機械の上部が透明ドームになっていて、内側からドームの天井に向かって水を吹き上げる、「オアシス」タイプの飲料水販売機でありました。それは脇に組み込まれたカップホルダーからあらかじめ紙カップを取って機械にセットし、10円玉を入れてボタンを押すと、紙コップ一杯の飲料が注がれるというものでありました。このタイプで現在稼働しているのは日本国内では大田市の一台だけと承知しているのであります。
自動販売機では見かけなくなりましたが、いまでも例えば殆どの高速道路のパーキングの給湯器では、小さな小さな紙コップがセットされ、これにお茶などを注いで飲むことができるようになっています。また、一部のスーパーマーケットでは、水を紙コップで供給しています。
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by epole | 2011-09-03 12:03 | 小説にみる自販機
読書見本帖『パノラマ島奇談』の自動販売機と機械遺産
それよりもやはり一人二役を問題にしよう。江戸川乱歩はパノラマ狂いの夢想家から、おなじみの怪人二十面相まで、たえず一人二役あるいは一人何十役を書いてきた。その第一作の連載が始まった大正十五年という年が、すこぶる象徴的ではあるまいか。大正十五年にして昭和元年、すなわち〈一年二役〉の年だった。
その年のある一日の銀座交通量が、歩行者九万七千人余、車四万四千台あまりとの記録がある。ラジオ放送が始まった矢先のことだ。東京駅と上野駅に入場券の自動販売機がお目見えした。建物の屋上にまばゆいネオンが登場した。男のような断髪が流行、モガ・モボがとりざたされた。翌年、ニセ札が出回って世間を騒がせた。
時代に明敏な推理作家は、いまや始まった複製時代を正確に見てとっていた。心理学でいう「ドッペルゲンガー(二重人間〉現象」が現実のものになった。スイッチをひねるだけで、遠くの他人がしゃべりだす。自動車というイダテン走りの足を得て、人はここ、かしこと自由自在にとびまわれる。

わたくしが読んでいるこの本は、池内紀著「読書見本帖『パノラマ島奇談』江戸川乱歩ー気がつくと日常」(丸善ライブラリー2 平成3年4月20日発行 平成3年7月5日第2刷発行)

年表によれば、入場券の自動販売機(券売機)が初めて設置されたのは大正15年とある。大正15年はその年の12月25日まで。同12月25日から昭和元年が始まっている。そして昭和64年は1月7日におわり、翌日1月8日から平成元年が始まっている。そうすると、昭和は64年まであったといっても、その期間は62年と2週間なのだな。

さて、入場券の自動販売機と特定するだけあって、発券されたのは同じ内容の入場券のみ。料金の異なる行き先別など複数の券種を発売する券売機「多能式自動券売機」が登場するのは昭和37年のことであります。
その世界初の多能式自動券売機は、髙見澤電機製作所自販機事業部(現高見沢サイバネティックス)が開発したものですが、昭和44年に製造され、翌年北大阪休講電鉄万国博中央口駅に設置された同機種が、このほど日本機械学会により「機械遺産」に認定されました。

ちなみに「モガ・モボ」とは「モダンボーイ・モダンガール」の略であります。
羅列されている中で、「建物の屋上にまばゆいネオンが登場した。」の一文は余分な気がするのだがどうだろうか。私の読みが浅いのか。。。
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by epole | 2011-08-07 15:55 | 小説にみる自販機
「自動幸福販売機」の自動販売機
無形のものの売買テーマも、いつも何作かある。たとえば、悪魔との取引き。しかし、これはあまりにも書かれすぎ、なまじっかなことでは驚かなくなっている。また、悪魔物は小説に仕立てやすく、採点をからくせざるをえない。
これは悪魔物を根本からひっくりかえしたような発想で、販売機を持ってきたのがアイデアである。その効果も珍しく、そういうものかもしれぬという気にさせる。神社やお寺のオサイセンを連想させるせいかもしれない。ストーリーもよく考えてある。

私が読んでいるこの本は「ショートショートの広場②星新一編」1989年2月15日第1刷発行1998年7月10日第21刷発行の星新一氏による選評。
この「ショートショートの広場」は、星新一氏が「ショートショートランド」「イン★ポケット」「小説現代」を発表母体として実施した「星新一ショートショート・コンテスト」の最優秀・優秀作および十点満点中6点以上の作品をまとめたもので、上記は寺井容さんの作品への選評。

星新一氏は自動販売機好きとして知られているが、作品に登場する自動販売機はそう多くない。そんななかで、一般からよせられたショートショートには自動販売機が登場しているものがある。
ショートショート自体の筋はよくわかって面白いが、若干説明的で、それが残念だったのだけれど、職業でないから仕方のないところではありました。
ちなみにこれは1984年度の作品。まちなかに自動販売機があふれだしたころの作品だな。
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by epole | 2011-06-12 03:05 | 小説にみる自販機
「イギリス風「融通無碍」のススメ」の自動販売機
「寺院にも仏像にも、日本人の崇高な魂が込められている。高度な宗教美術を残してくれた祖先を日本人は誇りに思うべきだ。それにしても・・・・・・・・」
と彼は声をひそめた。
「千年前の寺院があれほど美しいのに、現代の京都や奈良の町並みが汚いのは、どういうわけだろうか。」
私も気になったのだが、寺院を囲い込むように、高さも大きさも不揃いなビルが立ち並んでいる。また、至るところに置かれた自動販売機が、景観をさらに見苦しいものにしていた。
「それに日本の街には電線が多いね。太い電線が空中に張り巡らされていて、ずいぶん美観を損ねているが、君たちは何とも感じないのかね。」
イギリスでは電線は基本的に地中に埋設されている。だから、街の空間が美しく保たれている。フレミング氏には、地上の電柱から電柱へ張り巡らされた電線が目障りだったようだ。そこで、私は言った。
「言われてみると、日本の電線は美観を損ねていますね。とくに古都の京都や奈良では、確かに目障りだと思います。ただ、見慣れているせいか、日本人はふだん、あまり気にしていないようです」
フレミング氏は何かを考えるように、しばらく黙り込んだが、やがてこう言った。
「要するに、日本人は目障りなものを見ないで、美しいものだけ視野に収める技を持ってるということか」

わたくしが読んでいるこの本は、渡辺幸一著「イギリス風「融通無碍」のススメ」(講談社+α新書2009年4月20日第1刷発行)

電線も電柱も多くの自動販売機も、日本ではそのまま無配慮に屋外にどうどうとわがままに無制限に置かれ、そこにすむ人や通行者の気持ちなど、まったくおかまいなしである。日本人には。それらに対し、それをやめてほしいとか、どうにかしてほしいという主張をする習慣がなかった。逆に、それらを主張しようとすると、やたらし所有権やら公共の利益やらが堂々と黄門さまの印籠のように主張されたのである。
しかしながら、いま、私たちはその醜さに気がついている。問題はそれらを撤去するにはあまりに投資が必要なだけである。

そういえばepoleのもともとの意味はelectric pole(電信柱)にあった。けっしてelect poleではないので、念のため。
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by epole | 2011-06-08 00:33 | 小説にみる自販機
「雨の日と月曜日は」の自動販売機
〈うーん、ナカナカ固い頭だ〉
インプットが同じだとアウトプットが毎度同じ。
お金を入れると、ゴトンと缶コーヒーが出てくる自動販売機のような私だ。

わたくしが読んでいるこの本は「自動販売機のような私」(上原隆 著「雨の日と月曜日は」収録 平成17年6月1日発行)

そういわれると、柔らかい自動販売機というものにはこれまでであったことがなく、どれもこれも必ず同じ成型を保っていてゆずらない、頭をぶつけても、勝つのはいつも自動販売機の方であろう。
とはいえ著者がいうところの「自動販売機のように固い頭の私」とは、物理的な堅さではなくて、インプットが同じだとアウトプットがいつも同じだということなのだな。

この自動販売機のたとえは実に日本的なものである。外国人と自動販売機について語ると必ずでるのが「誤動作」で、自動販売機にお金を入れても商品が出てこない経験をしていない外国人はいないのではないかとも思える。故に海外で「自動販売機のような私I,like a vending machine」といえば、決して頭が固いという意味ではなく、「役立たず、間抜け I,who is so stupid」という意味となるであろう。
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by epole | 2010-10-16 19:30 | 小説にみる自販機
「町おこし」の経済学の自動販売機
小布施の町には、古い伝統ある家屋が多く残されている。いまから約20年前に北斎館・小布施堂周辺(1.6ha)を中心に、景観の統一運動がはじまった。ここの界隈にある店の特徴は、土壁、白い漆喰づくり、切妻屋根、格子窓、二階程度の高さに統一されている。看板は、土や石など自然材で作られ、ネオンサインや電光板は、原則として廃止された。自動販売機は木製の格子で覆われ、目立たないようにした。(中略)
景観基準は条例になり、景観に調和した建物、生け垣、広告物に対しては、補助金が支給され、とくに優れたものには賞が与えられた。看板や自動販売機については、景観を損なわないよう、デザイン、色、設置場所が規定された。

私が読んでいるこの本は「「町おこし」の経済学」(竹内宏著 2004年5月10日初版印刷2004年5月20日初刷発行)

長野県上高井郡小布施町に関するレポート。その優れた街づくりに対して多くの研究者が訪れている。
小布施の町並みは、町に住む人々にとっては当たり前の風景で、たとえば修景地区に古めの建築物が多いといってもすべてではなく、屋根の平らなビルディング風建築物が混在していたり、古めといってもそれほど伝統あるというほどの古さでもないことが保存にブレーキをかけがちなのだが、ここ小布施では優れた指導者による導きによりその風景の価値を来訪者が認め、研究者が認め、地元の人々が認め、いよいよその価値を高めていっている。

私がここで読むのは「自動販売機」の部分であるが、残念ながら小布施町にはここに記述されたような景観に配慮した自動販売機は現存していない。たまに町人が景観に優れたとするのも、たとえば駅前の木下ラジオ店前のこげ茶色をした飲料自動販売機なのだが、これはそのへんのどこにでもある、安易な言い訳程度のめだたないような色で全体を一色に塗られた自動販売機というだけである。隣に置かれたふる~い廃自動販売機のほうがむしろ町並みには合っている。

引用文に記載された自動販売機は確かに修景地区の小布施堂本店前に設置されていたのですが、店先に自動販売機があることにより「お客様が店員と会話をされなくなった(小布施堂セーラ・マリ・カミングス取締役談)」ことにより撤去されています。
それは優れた判断だと思うのではありますが、一方、その自動販売機がいま置かれているとすると、『むしろそこに有ることが優れた景観をよりひきたたせる』自動販売機として存在していたのではないかと、残念にも思うところです。
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by epole | 2010-10-10 11:33 | 小説にみる自販機
「踊る地平線」の自働レストラン
以下、面談ーといいたいところだが、羽左衛門によれば、ただー。
倫敦は、地味でおちついていて。
巴里は、騒々しいが暢気で面白く。
亜米利加は、便利でおそろしくにぎやかだが、ロンドンが一番好きーおちついた気分だからーというだけのことで、
『何しろあめりかは大したものです。早いはなしが、食い物屋へ出かける。あちらでいうカフェテリヤ、つまりレストランでさね。あなた方もまあ一度は亜米利加へも行ってごらんなさい。這入るてとこう、ずらりと機械みたいな物が並んでて、穴へ金を入れると自働でもってパンが出る、ね、肉が出る、はははは、コップにコウヒイが出て一ぱいになると止まりまさあーって調子で、万事が簡便主義です。そのかわり人間も簡便だ。(後略)

私が読んでいるこの本は「黄と白の群像」(谷譲次著『踊る地平線』収録 岩波文庫1999年10月15日第1刷発行 なお、底本は昭和9年新潮社刊の一人三人全集第15巻『踊る地平線』。尾崎秀樹の解説によると『踊る地平線』は昭和3年8月から翌年7月までの12回にわたって『中央公論』に『新世界巡礼』の通しタイトルで掲載された。『黄と白の群像』は昭和3年10月に掲載されたと考えられる。)

『踊る地平線』は、著者が昭和2年から中央公論特派員として夫婦でヨーロッパを旅行した際の旅行記であるが、上記の風景は、体験としてでなく、羽左衛門氏の話の中で語られる、米国におけるオートマットの風景である。
穴に金を入れると自働でパンが出る、肉が出る、コーヒーが一定量注がれる風景は、当時の日本人にはどのように受け止められたのか。明治期から日本では果実水の自動計量販売機があるが、それだけのレストランというのはいかにも簡便主義で味気ない物と思われたのではないか。
いま、そのような風景は日本各地にみられるのだが。
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by epole | 2010-10-06 23:12 | 小説にみる自販機
「白銅貨の効用」の自働販売器
自働販売器操作の効用
(前略)
十銭白銅貨や五銭白銅貨をもって自働販売器の類を操作させることは、夙に逓信省が公衆電話にて行えるところで、近来は鉄道省も之を切符販売用に用い、専売局は煙草の自働販売器を認め、キャラメル、チョコレートの自働販売器あり、一時は地下鉄の改札までを十銭白銅貨に働く重力によって行ったものである。この外、白銅貨の効用は甚だ多種なるも約束の紙数に達したれば擱筆する。要するに十銭白銅貨は単なる貨幣だとばかり考えている方があったら、それは正に大なる認識不足であると申すべきである。十銭白銅貨は十銭貨幣であると同時に、重量秤であり、標的であり。爪磨きであり、交換手呼出器であり、切符押出機であり、煙草キャラメル押出機でもある。(後略)

私が読んでいるこの文章は「白銅貨の効用」(海野十三著。海野十三全集別巻2 日記・書簡・雑纂(第15回配本)1993年1月31日第1版第1刷発行収録)
本文は、昭和8年発行の「科学画報6」に収録されたものである。

筆者は白銅貨の効用として、次の4つの効用を例示している。すなわち ①分銅としての効用 ②射的としての効用 ③爪磨きとしての効用 ④自働販売器操作の効用 であり、今回引用は④自働販売器操作の効用を論じた部分である。

ここに、自動販売機が日本においてここまで普及するまでの黎明期の道筋が記録されている。すなわち自働販売機は「切符」「煙草」「キャラメル」「チョコレート」の、白銅貨を用いての販売用として使用されたのであります。いま21世紀初頭にみかける自動販売機は「切符」「煙草」「飲料」といったところが多いのだが、昭和8年には飲料の自動販売機はメジャーな存在ではない。

逆説的だが、本文は「自働販売器」の側からでなく、「白銅貨の効用」という視点で自働販売器を論じているのが面白い。自働販売器において無人販売を実現させるのは「自働販売器」の側でなく「白銅貨」なのである。
自働販売器の操作において白銅貨が担う役割は情報である。その重さ、大きさという情報を伝えるものとして、その同質、同形、同重量という性質が自働販売器を正確に作動させ、無人販売を可能とする。
それは現代にそのまま引き継がれ、さらに「白銅貨」又は「紙幣」、最近では「磁気情報等」に組み込まれた特有で同質の「情報」を自動販売機は読み取り、無人販売をおこなっている。
その自動販売機の特性を支えるにあたって、数十年変わらぬ硬貨類の鋳造流通はたいへん大きな位置を占めているのだな。
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by epole | 2010-09-27 22:42 | 小説にみる自販機
「党生活者」の自動販売機
(前略)私は途中小さいお菓子屋によつて、森永のキャラメルを一つ買つた。それを持つてやつてくると、下宿の男の子供は、近所の子供たちと一緒に自働式のお菓子の出る機会の前に立つてゐた。一銭を入れて、ハンドルを押すとベース・ボールの塁に球が飛んでゆく。球の入る塁によつて、下の穴から出てくるお菓子がちがつた。最近こんな機械が流行り出し、街のどの機械の前にも沢山子供が群がつてゐた。どの子供も目を据ゑ、口を懸命に歪めて、ハンドルを押してゐる。一銭で一銭以上のものが手に入るかも知れないのだ。
私はポケツトをヂヤラゝさせて、一銭銅貨を二枚下宿の子供にやつた。子供は始めはちょつと手を引ツこめたが、急に顔一杯の喜びをあらはした。察するところ、下宿の子は今迄他の子供がやるのを後から見てばかりゐたらしかつた。私はさつき買つてきたキャラメルも子供のポケツトにねぢこんで帰つてきた。(中略)
暫くすると、下のおばさんが階段を上がつてきた。「さつきは子供にどうも!」と云つて、何時になくニコヽしながらお礼をのべて下りて行つた。私たちのやうな仕事をしてゐるもには、何んでもないことにも「世の人並みのこと」に気を配らなければならなかつた。下宿の人に、上の人はどうも変な人だとか、何をしてゐる人だらうか、など思はれることは何よりも避けなければならない事だつた。今獄中で闘争してゐる同志Hは料理屋、喫茶店、床屋、お湯屋などに写真を廻はされるやうな、私達とは比らべものにならない追及のさ中を活動するために、或る時は下宿の人を帝劇に連れて行つてやつたりしてゐる。(後略)

私が読んでいるこの文章は「党生活者」(小林多喜二著。宮本百合子・小林多喜二集(現代日本文學大系55 昭和44年10月25日初版第1刷発行 昭和55年10月30日初版第12刷発行)収録)

宮本百合子・小林多喜二集に収録されている付録中「小林多喜二―死とその前後」(手塚英孝)によれば、この作品の最後の原稿が中央公論に送られたのは昭和7年(1932年)8月24日。中央公論に題を「転換時代」と仮題され、発表されたのが翌昭和8年(1933年)の4、5月号である。多喜二自身はこの発表の直前、昭和8年2月20日、築地警察署特高係に逮捕され、同日絶命した。
多喜二は明治36年(1903年)秋田県に生まれ、明治40年(1907年)から北海道小樽市に移住。昭和5年(1930年)に東京都中野区に移り、以後杉並区、港区内を転々。「党生活者」は港区新網町の下宿で執筆されたもよう。

さて、主人公の「私」は工場をでて、下宿に戻る途中でこの光景に遭遇したようです。ここにでてくる野球盤をもじったゲームつき菓子自動販売機は1回1銭で、子供が群がる盛況なのでした。
日本銀行のHPで現在と貨幣価値を比べてみますと、企業物価戦前基準指数で昭和7年は0.830で平成21年は664.6。これで計算すると当時の1銭は現在の8円程度となります。これだけを考えれば、子供の遊ぶ自動販売機の一回の値段が1銭はさほど高くなさそう。
しかし、本作品中には「女工などは朝の8時から夜の9時まで打ツ通し夜業をして1円08銭にしかならなかった。」との記載があり、これは計算上今の870円程度にしかならないことを考えますと、労働者にとって、自動販売機というものはさほど身近であるとはいえなさそうです。(2010年9月現在の東京都の最低賃金額は時給791円)

そういえば、いまでも私のようなものは、自動販売機でものを購入することを「お金がもったいない」と感じるのですが、自分でお金を稼いでいない子供たちは、それまでさほど欲しいとも思っていなかったのに違いないのに、飲み物の自動販売機で商品を見つけると、とたんにそれが何よりも欲しかったと思い込んでしまうのです。

自動販売機のあふれる日本の風景はそのような、労働者の犠牲のもと、子供たちの歓心を得ることを土台にして出来上がったものなのかもしれません。
ちなみに「私」が子供にやったと思われる森永ポケット用ミルクキャラメルは、大正3年(1914年)の発売時点で20粒入り10銭。でも昭和初期の価格はよくわからない。
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by epole | 2010-09-23 23:08 | 小説にみる自販機