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道端で、トーモロコシ、ギンナン、カシの実などを焼いて売っている。親しみが沸いたが、フグの前は空腹でいたいので素通りした。
「時代が生んだオートメーション酒場 五十円玉一ヶで自動販売器からあなたの好きなお酒がのめます」という大看板があった。 ここは味気ないが、ちょっと面白かった。いろんな銘柄の酒があり、二級酒だと一合、一級酒だと七勺ばかりの酒がでる。私はさまざま試み、つまりかなり飲んだわけだが、立って飲むのでどうも落着かない。いずれにせよ、自動販売器はあらゆる品種にわたって殖えてゆくことだろう。買うのが恥ずかしい品物などには好適であろう。たとえば焼芋。ドイツの公衆便所にはゴム製品のそれがある。 わたくしが読んでいるこの本は、北杜夫著「どくとるマンボウ途中下車」(中公文庫 昭和48年9月10日初版 昭和50年12月15日八版) 北さんは今回福岡のホテルに泊まったのだが、我慢ならぬホテルで、こんなホテルで食事をするのはイヤだと街に出たのであります。そこで出会ったのが「オートメーション酒場」で、そこではいろんな銘柄の酒が自動販売器で提供されていたようなのであります。そういえば、どこかの空港か商工会かで同様の取り組みがされていたことを思い出しました。 北さんの自動販売器への思いはさらに広がり、いずれ自動販売器は多くの品種にわたって増え、特に買うのが恥ずかしい品物には好適であると言及している。 やがて自販機ではえっちな雑誌やおもちゃ、DVDなど、焼芋なみに買うのが恥ずかしい品物に拡がるのだが、青少年への悪影響というあたりまえそうな意見におされ、各種条例により規制を受け、殆どの自治体から姿を消してるのはご案内のとおりであります。 ちなみに私はこれら条例は憲法に違反するものであるとの立場をとっています。 北さんのこの時代は「自動販売器」で、「自動販売機」ではないのだなあ。 蕎麦はまだ花でもてなす山路かな弘法山古墳一帯は桜におおわれた前方後円墳です。 駐車場わきに、ダイドーの自動販売機と芭蕉の句碑が並んでいました。 Facebook始めました。そろそろ私も、姿を現す時期が来たのかもしれません。本来なら冬眠すべきなのかもしれませんが。 http://www.facebook.com/epole.jp
簡単ー衝動買いを誘う仕掛け⑥
買うのに簡単な動作ですむ場合には、公式でいう分母の費用が軽減されるので、値ごろ感が上がる感覚が生まれる。携帯電話やインターネットでショッピングしたり、駅、道端の自動販売機での購買も同様である。ただし、女性は意外にも自動販売機を好まないという調査結果がある。女性はやはり男性と比べて簡単に乗せられない客のようだ(中略)。費用は価格だけでなく、付帯経費、機会費用からも構成されている。これらを合せた総費用が負担感の基礎になる。この場合は、機会費用を短縮することによる値ごろ感の上昇である。携帯電話のお財布ケータイ、ネット通販、道端の自動販売機はいずれも非常に簡便に商品を購入できる。 わたくしが読んでいるこの本は、徳田賢二著「おまけより割引してほしいー値ごろ感の経済心理学」(ちくま新書626 2006年11月10日第1刷発行 2007年4月5日第3刷発行) ここでいう「公式」とは、「値ごろ感」を、価値を分子、費用を分母とした比で示すもので、詳しくはぜひ本書を購入してお読みいただきたいところです。 物品を購入する等の何らかの行為を行う場合、人々は様々な価値感に基づいて判断し行動する訳ですが、本書では「値ごろ感」に着目して分析を試みる訳です。 自動販売機については「簡単」というキーワードと「ついで」というキーワードにより論じられている。 なぜ自動販売機で飲料を購入してしまうのか。それは、「そこに自動販売機があるから」という簡単な理由を思いついていたところですが、なぜ他のちゃんとした店舗で買わないのかと比較してゆけば、本書で論じる「値ごろ感」というのはいい感じである。 私が子供の頃自動販売機の飲料を欲しかった理由を思い起こせば、自動販売機で販売される缶飲料が、商店のショーケースで冷却された瓶の飲料と比べて冷たく感じたからでありました。自販機で買う缶飲料って、手に取った瞬間から凍り付きそうな冷気が手のひらに伝わってくるじゃない。あれは、瓶やペットボトルでは感じることの出来ない幸せな感覚なんだな。その価値を高く評価する子供の私には、自動販売機での缶飲料が費用に対して非常に値ごろ感が大きかったというところなのでしょうか。 「ついで」についてはまた次回。
今日(12月3日)放送のNHKテレビ「課外授業ようこそ先輩」の「先輩」は、ランドスケープアーティストの石原和幸さん。
世界最高峰のガーデニングの祭典、チェルシー・フラワーショーで3年連続金メダルを獲得し、世界一の庭師となった石原和幸さんの原点は、長崎市内で始めた小さな路上花屋。 その路上花屋は、自動販売機の置かれていたそのままの面積を借り、花を飾ったものだったようだ。 店頭の1平米は、自動販売機が置かれる限りはそれだけでしたかない。しかし、それは無限の可能性を秘めた1平米なのだ。 先月24日に亡くなられた北杜夫さんを偲んで。松本市あがたの森公園は、旧制松本高等学校の敷地を整備したもので、旧制松本高等学校の校舎が保存されているほか、「旧制高等学校記念館」が併置されています。 北さんは旧制松本高等学校の出身で、「ドクトルまんぼう青春記」には北さんの過ごした思誠寮のことが多く描かれています。その思誠寮には北さんの書いた落書きが残されていたことは、高校時代から承知していたのですが、すぐお隣(松本県ケ丘高等学校はあがたの森に隣接)に毎日通っていたにもかかわらず、一度もそこへ訪れておりませんでした。 いま、北さんの過ごした「思誠寮」は解体されたところですが、北さんのを含む板に書かれたいくつもの落書きは、旧制高等学校記念館に残されています。 その落書きは、こちら→。 Wikipediaには、私の学んだ信州大学(私は院だけだが)は、『旧制松本高等学校、新八医科大学である旧制松本医科大学(旧松本医学専門学校)、旧制長野県立農林専門学校(旧長野県立農林専門学校)、旧制上田繊維専門学校(旧上田蚕糸専門学校)、旧制長野工業専門学校(旧長野高等工業学校)、長野師範学校等を統合し、1949年に新制大学となった。』と記されている。それならばいっそ同窓会も統合したほうがよい、さもなくば旧制松高同窓会はどんどん萎んでいってしまうのではないか。そのようなことを考えながら松本高等学校の文字の入った法被を買う。しかし、まとまりのある旧制松本高校に比べ、総合大学である信州大学はあまりに大きい。そのような組織の中では、機関紙発行などの事業を行うことさえ困難なのかもしれない。松本高等学校の校章は中央の「高」から9本の線が放射状に伸び9高を示す。この校章はよろしくないと学生から動議が出され、学校側も了解したのだが、代案がなくこのままに留まったらしい。 記念館をでてシベリア杉の並木を歩くと、レンガ造りの建物に沿って、2台の自動販売機が置かれている。その姿は、ほとんどの自動販売機がそうであるような派手派手しい装いではなく、シベリア杉とレンガの建物の中に溶け込むような佇まい。空容器入れも同様なのでした。さすが。さすがといえば、記念館の展示にも、旧制高等学校の気骨を示す展示が多く、文章もその渾身の思いが伝わる名文ばかりでありました。 そんな中で愉快であったのが「寮の不文律(昭和12年寮生規約)」のひとつ 一 寮内には絶対に女性を引き入るべからず。ただし母、姉妹、その他恋人、許婚等止むを得ざる場合は総務委員長の許可を得べし。 ・・・これはいったいなにが絶対に女性を引き入るべからずだかよくわからないのだが。へんなところに目が行ってごめんなさい。 話のわかる総務委員長だといいなぁ。ねえ、北さん。 はてさて。この自動販売機は、家の壁に半分めり込んだように設置されていて、機械の製造者がフジタカだけに、販売品目がおでん缶やら焼き鳥缶やらだったので、ものめずらしさからこのブログのどこかに書いていたと思ったのですがみあたらない。もっと愛情を持たなければいけないと反省をするところです。ひさびさに注視すると、おでん缶やら焼き鳥缶やらはなくなり、販売されているのは飲料のみ。さらに、本来ディスプレイ上には2段×6本の商品が置かれるところを、下段中央2箇所が抜けていてあまりかわいがられていない、廃自販機に片足を突っ込んだような風情でありました。 しかしながらよく見ると、上段にはファンタやペプシネックスやセブンアップの約500mlペットボトル入りが製造者の境を越えて100円で販売されています。 いじらしいね。
イギリスにおける絵葉書人気を決定付けたのはボーア戦争(1899-1902)であった。大判の葉書が認可されたのとちょうど同じ頃で、南アフリカで活躍するイギリス軍人の姿が、ユニオン・ジャックの旗のもとに雄々しく描かれた絵葉書が人気を博した。漱石はロンドン到着の翌日、「南亜ヨリ帰ル義勇兵歓迎ノタメ非常ノ雑踏ニテ困却セリ」(1900年10月29日)と、日記に書いている。
おりしも1900年頃を境にカラーの絵葉書が出回るようになり、コレクターたちの収集熱を駆りたてた。この年の7月にはコレクターを対象にした雑誌「ザ・ピクチャー・ポストカード・マガジン」(図版47)が誕生し(漱石の渡英は同年10月である)、毎号表表紙にタックス社が全面広告をうち、消印のあるわが社の絵葉書を最も多く集めた者に1000ポンドの賞金を出す、と宣伝した。主要な鉄道駅には自動販売機が設置され、絵葉書用携帯ペンやアルバムが市販され、各地に絵葉書クラブが結成された。郵便配達夫のかばんはメッセージのない絵葉書でいっぱいになった。コレクター宛てに各地のコレクターから送られてきた絵葉書である。まさに絵葉書黄金時代の到来である。 わたくしが読んでいるこの本は、清水一嘉著「自転車に乗る漱石 百年前のロンドン」(朝日選書689 2001年12月25日第1刷発行) 漱石の時代、イギリスではたばこの自動販売機があったと記す書籍を見て、たばこ好きの漱石のこと、もしや彼の書籍のいずこにかたばこの自動販売機に関する記載がないかと、彼の書籍・書簡集を隅から隅まで探したのですが、まだその発見に至っていません。そんな中で、漱石の日記と、漱石の滞英したころのロンドンの様子をシンクロさせたこの本に出会ったのがほんの数日前のこと。 漱石の日記の中には「3月19日 Craig氏ニ至ル。・・・・・・夜入浴、烟草四箱ヲ買フ。」といった、たばこを買った旨の記載はあるようなのだが、たばこの自動販売機に関する記載はされていないのか。 そんななかで、漱石が日本にいる子規あてに大量の絵葉書を出したといった話(「16 絵葉書を子規に送る」)の中で突如出現した1900年当時の駅に設置された自動販売機の記載。文脈上、この自動販売機は「絵葉書の自動販売機」か「絵葉書用携帯ペンの自動販売機」か、あるいは「アルバム」なんだろうが、これは参考書籍をあたってみないといけない。 漱石も駅に置かれた自動販売機を使ったのだろうか。
東京に電車で行くときに北さんと一緒になったことがある。奥さんと娘さんが改札口まで見送りにきていた。左折して自販機でお二人が見えなくなったときに、北さんは急に落ち着かなくなり、「ビールは売っていませんか」と自販機をひとつひとつ調べだした。私は自分が車内で飲むために缶ビールを沢山持っていたので、「これでよかったら二人で飲みませんか」と言うと、「ああ、よかった。僕はビールを飲まないと死んでしまうのです。これで命が助かりました」と北さんは大喜びだった。
私が読んでいるこの文章は、「北杜夫さんを悼む 夢中で読んだ長編『楡家』」(加賀乙彦著 平成23年10月27日付け日本経済新聞〔文化〕) 中学生のころ、なぜか「ドクトルまんぼう」ものにハマッた私は、北さんの文庫本を買いまくった。ドクトルまんぼうの延長で、「少年」やら「楡家の人々」やら「夜と霧の隅で」なども読んだのだが、何が書いてあるのかは理解していなかったように思う。とりあえず読んだだけの読んだ実績だけを積んだわけで、現在の「勉強はするけれど身にならない」という状況はそのころに培ったものなのかもしれない。しかし、北さんにとっては関係のない話で、とんだ言いがかりというものである。 その後北さんが学んだ旧制松本高校のあった隣の高校で学んだり、最終的に旧制松本高校の流れを汲む信州大学大学院に学んだわけだけれど、高校以降は北さんの文学に触れる機会はなくなっていたのだ。 そんな中での北さんの訃報。「鬱病」やら「躁病」やらという言葉と「やあ、あれは躁状態のときに書いたんですよ」という、たしか船乗りクプクプの冒険に関する言葉だけがいま思い出されるだけなのだが、この日本経済新聞の最終面で、北さんを悼む文章に自動販売機が出現しているのも、なにかの運命があるのかもしれない。 こんど、旧制松高の学舎に残る、北さんの落書きを見に行ってこよう。そのそばには、私が3年を過ごした校舎も残っているはずなのだ。
自動體量計の始
明治廿一年二三月頃より、府下銀座の岩谷松平の仕掛けたる自動煙草賣函は、久しからずして廃したりしが、同年夏頃より、踏臺に上りて、一銭銅貨を入るれば、己の體量を示すべき自動器械を、浅草公園に仕掛けし者あり。翌年夏ころには府下各所の氷店水茶屋等の前に之を仕掛くるに至れり。 石井研堂著「明治事物起源」(発行所 橋南堂 明治四十年十二月廿五日印刷 明治四十一年一月一日発行) 自動體量計の始 明治九年七月、東京上野公園内大佛下勝覧所のちらしに、 量體器御一名御試験金二銭、新聞紙縦覧通覧同三銭、集會貸席廉價に御相談可申候とあり。 明治二十一年二三月頃より、府下銀座の岩谷松平の仕掛けたる自動煙草賣函は、久しからずして廃したりしが、同年夏頃より、踏臺に上りて、一銭銅貨を入るれば、己の體量を示すべき自動器械を、浅草公園に仕掛けし者あり。翌年夏ころには府下各所の氷店水茶屋等の前に之を仕掛くるに至れり。 二十九年五月の〔圓珍〕に、一度銭を投じて二人の體量を量る狡猾者のあることを記せり。 石井研堂著「明治事物起源」(刊行所 春陽堂 大正十五年十月十五日印刷 大正十五年十月十八日発行) 「明治事物起源」は、明治期のさまざまな事物について記載した書物であります。初本は明治40年に印刷、翌年発行されており、大正15年になって更に内容を加えて発行がされています。 この際「自動體量計の始」については明治9年7月に、上野公園に「量體器」が置かれた旨の記述が加わっているのであります。 後に発行された他の文献には、自動體量器が「我国にては明治9年7月の頃すでに東京上野公園の中に自動體量計が設置せられ、その試験料は一名につき金二銭であったという。」といった記載をしたものが登場し、それを真に受けた最近発行の書籍も存在するのですが、その内容は明治事物起源の記事に酷似していること、明治事物起源(大正版)以降に発行されていること、そして、上野公園に「自動」體量計を設置したとの資料が他に見当たらないことから、私はそれは「明治事物起源」でいうところの単なる「體量器」を「自動體量計」と誤解して記載したものと考えています。 その上で、日本で最初に設置された自動販売機は「明治二十一年二三月頃より、府下銀座の岩谷松平の仕掛けたる自動煙草賣函」だと考えるのであります。 ただし、この「自動煙草賣函」がどのような物であったかを示す資料にまだ行き着いていないのであります。 いま自動販売機といえば一般的に、お金を入れると自動的に商品が排出される器械をいいますが、例えばイギリスにおいての初期のたばこの自動販売機は、お金を入れると掛金が外れる煙草箱で、購入者は開いた箱の中から煙草をさじですくって、また箱を閉めるといったものでありました。 しかしながら、岩谷商会の煙草製品といえば、「手巻きの口付きたばこ「天狗煙草」」でありまして、さじで煙草の葉をすくうようなものとは異なります。もしかしたら本格的な、お金を入れると商品が出る自動販売機が存在したのかもしれないのであります。 当時の自動販売機について、どなたか史料をお持ちでしたらご提供をいただきたいのであります。 これは諏訪大社下社近くにある、諏訪湖オルゴール館奏鳴館の2階に展示された自動演奏機。ガイドの方がこちら側のガラス戸を開けて何か操作をしますと、いかにも景気のよいアメリカ的な音楽を、中のアコーディオンや木琴やらが演奏するのです。いまは「触れないでください」と注意書きが添えられていますが、その昔はコインを投入して演奏を楽しんだそうで、大きな木製の筐体の前面向かって右側(現在の多くの自動販売機のコイン投入口のある辺り)にコインを投入するスリットが縦にあいています。 私のイメージでは、日本における最初の自動販売機は、上野公園又は浅草公園に置かれた自働体量計だったのですが、ジュークボックス(自動販売機(自動サービス機)の一種)の前身であるオルゴール(自動演奏機)類はどうだったのか調べなければなりません。ちなみに、 1862年に発行された「横浜開港見聞誌」(橋本玉蘭斎著 国立国会図書館所蔵)には「ヲルゴル」としてオルゴールの図と紹介文が掲載されていますが、これはコインを投入する型ではないようです。wikipediaでジュークボックスの項を開いてみますと、そこには「ジュークボックス以前に、硬貨を投入すると動作するオルゴールや自動ピアノが存在していた。」とだけ関連の記述があるばかりなのでした。
ところが、頭三分の一を失ったプリオンタンパク質は、タンパク質xとは結合できないにもかかわらず、中途半端なことに、タンパク質Yとは完璧に結合しうるのだ。そのことによってYは、擬似的にパートナー分子が存在する状況を与えられることになる。そこではバックアップが作動するようなSOSは発信されない。そして情報伝達経路は、何も知らないまま、さらに複雑なネットワークを組み立てていく。
やがてマウスは誕生し、道の環境と遭遇する。脳の神経活動はどんどん盛んになり新しいシナプスが形成されていく。おそらくタンパク質Xからタンパク質Yへの情報伝達はこのような脳の発達と関係して必要とされる機能なのだろう。その齟齬は、生まれてすぐにではなく徐々に現れることになる。XとYを橋渡しするはずのプリオンタンパク質は、ここではXの情報を伝達しないまま、Yと結合する。それはちょうど歪んだ硬貨を投入された現金識別装置のようにフリーズを起こすことになる。そして、そのフリーズは自動販売機の機能全体を致命的に停止してしまうことになるのだ。 わたくしが読んでいるこの本は、福岡伸一著「生物と無生物のあいだ」(講談社新書(1891) 2007年5月20日第1刷発行2007年11月7日第12刷発行) ここで筆者は遺伝子操作により細胞のあるパーツ全てをノックアウトしたマウスがまったく正常そのものであるのに対して不完全な遺伝子をノックインした場合、致命的な以上をもたらすこと、そのことを分かりやすく示す比喩として「歪んだ硬貨を投入された現金識別装置」あるいは「自動販売機の機能全体を致命的に停止」という表現を用いている。 もちろん最近の自動販売機では歪んだ硬貨などは入り口で引っかかってしまい投入し得ないし、あるいはそこを通過したものはきちんと識別装置をとおり、認識され、あるいは認識されずにそこを通り抜けてコトンと落ちる。あるいは硬貨など使用しなくても、FeliCaなどの非接触装置により、自動販売機の機能を使用することは可能である。さらに、自動販売機の機能が多様化するなかで、金銭が投入されること自体が自動販売機の機能を動かす必須の条件とは言えなくなってきている。 さらに違和感を覚えるのは、一般に自動販売機はAという事象を施せば自動的にBという結果が現れる比喩に使われるのだが(もちろん故障してBという事象が起こらない例としても用いられるのだが。)、ここでは実に生物が活動を停止する例になぞらえているのである。この部分では、筆者はここに至った生物の活動はもはや治癒のしようのない不可逆的な、機械的なものと認識しているのか、あるいは自動販売機を、生物になぞらえて観察していたのか。いずれにせよ、私にはすこしつながりに無理を感じるところである。 それにしても、この本の読み応えのあることよ。 秩序は守られるために絶え間なく壊されなければならない。 生物は生きていくため、自らを壊し続け、その以前の姿のまま造られ続ける。生命とは動的平衡にある流れである。 そして生きることをやめたとき、自らを壊し続けることを停止するのだ。
情報の並置、相対化
また、「世界の縮小型を提示し、人に目から隠された全体を、生物や物の各範疇の見本によって目に見えるものとするという、百科全書的目的を持ったコレクション」を見せようとするものが出てきたとポミアンは言う。コレクションのカタログ同様、18世紀の百科全書もまた、マクロな世界を情報化〈ミクロ化〉して所有し、移動できるようなカタログとしたのだとも言えるだろう。重要なことは、そうした世界のカタログは線的な形式で語るのではなく、フーコーが指摘しているように情報を並置していることである。それは、あらゆる事象を等価な情報とすることでもある。 1754年にはイギリスで、有名なトーマス・チッペンデールによる『ジェントルマンと家具メーカーのための指針』という家具カタログがつくられている。こうしたカタログが出現してきたことは、家具の様式が地域や職業や階級に固有なものであり続けることが、すでにできなくなり、様式が相対化され、等価な情報となったことを示している。つまり、それまでの社会制度と結びついていた様式デザインが商品化され、市場経済のシステムに組み込まれたことを意味する。それは、産業ブルジョアジーの台頭と関連していた。 ここでん、現在の電子書籍についてふれておけば、インターネットが出現してくることによって、たとえばカルフォルニア大学バークレー校のキャンパスに置かれた自動販売機の中でどの販売機の清涼飲料のコンディションがいいのかという情報と、現代思想の新しいシーンに関する情報は等価になり、情報の実質の差異にではなく、いかに早くその情報を手にしているかという速度にその価値が置かれる。世界は電子情報カタログ化される。つまり、次々に新しい情報が並置される電子カタログ的な知のあり方がそこには反映されている。 わたくしが引き続き読んでいるこの本は、柏木博著「日用品の文化誌」(岩波新書(新赤版619) 1999年6月21日第1刷発行) インターネット上に流れる情報は、殆どは「わたくしにとっては」意味のないもの、自分勝手な思い込みや浮かれた気分、思慮に劣る発言(たとえば先の経済産業大臣の発言のような)と思われるものが多く、それらは真に重要だと「わたくしが」認識する情報に比べて途方もなく多いのは事実であります。しかし、わたくしはそのような海の中から「自分にとって」重要な情報を取得する術を身につけています。 その手法は、カタログの上にあるのでなく、カタログを読み取る手法を消費者が身につけているのだと感じています。 ところが近年はその手法の分析が進み、カタログの方がその姿を変えて、私の手法に適合するように、カタログに優位なようにその形態を変化させてきています。(たとえばアマゾンやグーグル検索のように。) それは、時に大変便利なことなのではあるけれど、一方で、カタログによる情報の一極化が進むことがとても危険に思えるのであります。 さて、そんなカタログ上に「カルフォルニア大学バークレー校のキャンパスに置かれた自動販売機の中でどの販売機の清涼飲料のコンディションがいいのか」という情報が掲載されたとしたら、それは「わたくしにとって」とても興味深い情報なのだなぁ。
使い捨てる紙コップ
アメリカは紙をそれまでの使い方とはまったく異なった形で使った、新しい紙の文化を生み出したと言っていいだろう。 アメリカでつくられたもっとも象徴的な紙製品は、紙コップである。紙製のコップが考案されたのは1908年のことであった。当初は紙コップそのものが商品として扱われたり販売されたわけではない。最初は、1セント・コインを入れて紙コップで水が飲める販売機がつくられたのであり、つまり、飲料水販売のために紙コップが使われたのである。この飲料水販売機は、ヒュー・ムーアという人がアメリカン・ウオーター・サプライ・オブ・ニューイングランドという会社名でこの商品化したものだ。 たまたまこれと同じ時期に、カンサス州の保健委員をしていた医者のサミュエル・J・クラムバインという人物が、飲料水を飲むのに共同で使うブリキ製のコップが、結核菌を蔓延させる要因になっていると主張した。そして、カンサスのユニオン駅に入って来る列車に備え付けられているブリキ製コップをカンサス大学の細菌学科のM・A・バーバーのところに持ち込んだのである。その結果、結核菌が発見された。結局、カンサス州ではブリキ製共同コップの使用を禁止するということになった。(中略)こうした一連の出来事を背景にして、アメリカの各州で、しだいに共同コップ使用の禁止法が承認されていったのである。 以後、急速に紙コップの市場が形成されていった。ムーアは結局、最終的に紙コップを「デキシー・カップ」という商品名をつけて、独立した商品として売り出すことになった。 道具を他人と共有しない。再使用しない。その結果としての使い捨てが、紙製品という形をとった。 わたくしが読んでいるこの本は、柏木博著「日用品の文化誌」(岩波新書(新赤版619) 1999年6月21日第1刷発行) いま、行楽等で、大人数で飲み物を共有する時かかせない紙コップの始まり。その起源をアメリカの紙文化に位置づけており、さらにその紙文化の起源が自動販売機に位置づけられているのであります。 わたしが最初に出会った自動販売機は、デパートの踊り場に設置された、機械の上部が透明ドームになっていて、内側からドームの天井に向かって水を吹き上げる、「オアシス」タイプの飲料水販売機でありました。それは脇に組み込まれたカップホルダーからあらかじめ紙カップを取って機械にセットし、10円玉を入れてボタンを押すと、紙コップ一杯の飲料が注がれるというものでありました。このタイプで現在稼働しているのは日本国内では大田市の一台だけと承知しているのであります。 自動販売機では見かけなくなりましたが、いまでも例えば殆どの高速道路のパーキングの給湯器では、小さな小さな紙コップがセットされ、これにお茶などを注いで飲むことができるようになっています。また、一部のスーパーマーケットでは、水を紙コップで供給しています。
それよりもやはり一人二役を問題にしよう。江戸川乱歩はパノラマ狂いの夢想家から、おなじみの怪人二十面相まで、たえず一人二役あるいは一人何十役を書いてきた。その第一作の連載が始まった大正十五年という年が、すこぶる象徴的ではあるまいか。大正十五年にして昭和元年、すなわち〈一年二役〉の年だった。
その年のある一日の銀座交通量が、歩行者九万七千人余、車四万四千台あまりとの記録がある。ラジオ放送が始まった矢先のことだ。東京駅と上野駅に入場券の自動販売機がお目見えした。建物の屋上にまばゆいネオンが登場した。男のような断髪が流行、モガ・モボがとりざたされた。翌年、ニセ札が出回って世間を騒がせた。 時代に明敏な推理作家は、いまや始まった複製時代を正確に見てとっていた。心理学でいう「ドッペルゲンガー(二重人間〉現象」が現実のものになった。スイッチをひねるだけで、遠くの他人がしゃべりだす。自動車というイダテン走りの足を得て、人はここ、かしこと自由自在にとびまわれる。 わたくしが読んでいるこの本は、池内紀著「読書見本帖『パノラマ島奇談』江戸川乱歩ー気がつくと日常」(丸善ライブラリー2 平成3年4月20日発行 平成3年7月5日第2刷発行) 年表によれば、入場券の自動販売機(券売機)が初めて設置されたのは大正15年とある。大正15年はその年の12月25日まで。同12月25日から昭和元年が始まっている。そして昭和64年は1月7日におわり、翌日1月8日から平成元年が始まっている。そうすると、昭和は64年まであったといっても、その期間は62年と2週間なのだな。 さて、入場券の自動販売機と特定するだけあって、発券されたのは同じ内容の入場券のみ。料金の異なる行き先別など複数の券種を発売する券売機「多能式自動券売機」が登場するのは昭和37年のことであります。 その世界初の多能式自動券売機は、髙見澤電機製作所自販機事業部(現高見沢サイバネティックス)が開発したものですが、昭和44年に製造され、翌年北大阪休講電鉄万国博中央口駅に設置された同機種が、このほど日本機械学会により「機械遺産」に認定されました。 ちなみに「モガ・モボ」とは「モダンボーイ・モダンガール」の略であります。 羅列されている中で、「建物の屋上にまばゆいネオンが登場した。」の一文は余分な気がするのだがどうだろうか。私の読みが浅いのか。。。 その角にはタバコ屋さん。タバコ屋さんといえば、先日まで多くのタバコ屋さんが店舗のまわりにいくつもの自動販売機を置いて、シャッターを全部下ろして営業していた?ものですが、タスポの導入に伴い多くが小さくともそのシャッターを一部開いて来客に対応するようになりました。この川越の角のタバコ屋も、大通り側に3台のタバコの自動販売機、脇道沿いに1台の飲料自動販売機を配していますが、大事なのはその配置。 一般的な自動販売機は店舗の壁と公道に挟まれた私有地に設置されているのですが、このタバコ屋の自動販売機は、いずれも店内、もしくは壁にすっぽり組み込まれて設置されています。これだと建物本来の風合いを損ねることもなく、周辺の、いわば公の空間の景観を損ねることもありません。誠に川越らしい自動販売機の設置であります。 お店の奥様にお伺いしたところでは、ここの自動販売機は、小学校の教科書に写真が掲載されているとのことでした。そういえば、自動販売機を囲む建物の造作も、自動販売機と対照的に歴史と伝統を感じさせて、いい味を出しています。 小学校の教科書を確かめたくて、川越市図書館に行ってみたのですが、図書館には教科書は置いていないとのこと。灯台下暗しとはこのことなのでしょうか。いずれまた小学校をお訪ねしようと思ったのでした。 # by epole | 2011-07-31 01:06
JR川越駅から札の辻へはバス利用。その車線は対面交通で、通りとしては広くなく歩道もない。蔵の町一番街では人を避けてバスがハンドルを切るのが伝わるくらい。しかし、いったんバスを降りて歩いてみると、この道の広さはどうだろうか。実は川越では20年以上前から無電柱化に着手。蔵の街「一番街」では1992年3月に無電柱化を実現し、その後「菓子屋横丁」や「大正浪漫夢通り」「鐘つき通り」でも無電柱化を実現している。 この空の広がりはいったいなんなのだろうか。 その空の下、この繁華街に自動販売機はなかなか見つからない。それは、バスの車内から街を観察しているうちから気づいているのだが、自動販売機は見事に隠されているのだ。 これはキリンの飲料自動販売機。通りの反対側正面から眺めると、それは他地域に設置されるのと同様、彼が自動販売機であることを必死で訴えてくる。それが、いったん道の反対側、自動販売機の設置された側ではどうだろうか。なんとその本体はしっかりと板戸の向こう側に収納され、その商品補充等に必要な扉部分のみ道路側に露出している。そのため、むこうから歩いてきても、近くに来るまでその存在に気を留めることがないのだ。 その結果、このストレートな通りを鳥瞰しても、そこに景観を損なうものはほとんど見つからない。実に優れた街づくりの姿である。 この街づくりを支えているのは、案外この道の狭さではなかろうか。歩道もない2車線のこの道は、自動車が途絶えたとき、容易に反対側に渡ることができる。左右の店舗が道路で分断されることがなく、一体となっているのである。広い車道と歩道が整備された街では、左右の商店街は分断される。歩行者にとって利用可能な商店数は半減し、商店にとって顧客はこちら側を歩く歩行者のみとなり半減するのである。 そのときは、自動販売機もこちら側とあちら側に設置されることとなるのであろう。 以前から来たい来たいと願っていた川越。私のホームフィールドである信州からは新幹線などを利用すれば2時間弱で到着できる近距離にありながら、これまで訪れることがなかったのですが、このたびようやく訪問することができました。川越の蔵造りの街並みは、JR川越駅から約2キロほど離れた地域にあります。 駅にある案内所で地図をいただいて、まずはバスで「札の辻」へ。バス停からすこし戻り、最初の信号を左に曲がると、そこにあるのが、「時の鐘」。 奈良の大仏様と同じ高さの櫓の上階に鐘が吊るされ、400年の昔から川越の街に時を知らせているという「時の鐘」。そのスマートさは、まさに川越のシンボルというにふさわしいと思わせるものでした。 その「時の鐘」の櫓の右横には、これまた風情のある日本家屋があり、その道路沿いにあるのがびん牛乳の自動販売機と、乳飲料の自動販売機なのでした。 左側あるいは正面から見ると気づかないのですが、乳飲料の自動販売機の右側は板でカバーされ、自動販売機の側面を覆い隠しています。 左側のびん牛乳の自動販売機では、瓶入りのコーヒー牛乳と瓶入りのフルーツ牛乳と瓶入りの牛乳が各130円で販売されています。ただしこの自動販売機の前面は中の見えるガラス扉で覆われ、正面には商品取り出し口がない。そこで利用方法を確認してみると、①代金130円を入れる。 ②商品を選んでそのボタンを押す。 ③扉の向こうの該当する商品を囲っていた透明のケースが回転して開き、商品がこちら側に開放される。 ④扉が解錠される。 ⑤扉をこちら側に開く。(左開き) ⑥商品を取り出し扉を閉める。 ⑦扉が施錠され、商品を取ったあとの透明ケースが回転して閉じ、そのむこうに奥から商品がスライドして補充される。 というものでした。なお、使用の仕方がわからない人のために、自動販売機の右上にインターホンがついているのでした。 そんなわけで、その方法に従って、130円のビン牛乳を購入してその場でいただいたのですが、思い切り濃厚でおいしかったのでした。これは私の大好きな小布施牛乳に匹敵しそうなほどで、やはり牛乳は瓶入りに限ると思ったのでありました。
無形のものの売買テーマも、いつも何作かある。たとえば、悪魔との取引き。しかし、これはあまりにも書かれすぎ、なまじっかなことでは驚かなくなっている。また、悪魔物は小説に仕立てやすく、採点をからくせざるをえない。
これは悪魔物を根本からひっくりかえしたような発想で、販売機を持ってきたのがアイデアである。その効果も珍しく、そういうものかもしれぬという気にさせる。神社やお寺のオサイセンを連想させるせいかもしれない。ストーリーもよく考えてある。 私が読んでいるこの本は「ショートショートの広場②星新一編」1989年2月15日第1刷発行1998年7月10日第21刷発行の星新一氏による選評。 この「ショートショートの広場」は、星新一氏が「ショートショートランド」「イン★ポケット」「小説現代」を発表母体として実施した「星新一ショートショート・コンテスト」の最優秀・優秀作および十点満点中6点以上の作品をまとめたもので、上記は寺井容さんの作品への選評。 星新一氏は自動販売機好きとして知られているが、作品に登場する自動販売機はそう多くない。そんななかで、一般からよせられたショートショートには自動販売機が登場しているものがある。 ショートショート自体の筋はよくわかって面白いが、若干説明的で、それが残念だったのだけれど、職業でないから仕方のないところではありました。 ちなみにこれは1984年度の作品。まちなかに自動販売機があふれだしたころの作品だな。
「寺院にも仏像にも、日本人の崇高な魂が込められている。高度な宗教美術を残してくれた祖先を日本人は誇りに思うべきだ。それにしても・・・・・・・・」
と彼は声をひそめた。 「千年前の寺院があれほど美しいのに、現代の京都や奈良の町並みが汚いのは、どういうわけだろうか。」 私も気になったのだが、寺院を囲い込むように、高さも大きさも不揃いなビルが立ち並んでいる。また、至るところに置かれた自動販売機が、景観をさらに見苦しいものにしていた。 「それに日本の街には電線が多いね。太い電線が空中に張り巡らされていて、ずいぶん美観を損ねているが、君たちは何とも感じないのかね。」 イギリスでは電線は基本的に地中に埋設されている。だから、街の空間が美しく保たれている。フレミング氏には、地上の電柱から電柱へ張り巡らされた電線が目障りだったようだ。そこで、私は言った。 「言われてみると、日本の電線は美観を損ねていますね。とくに古都の京都や奈良では、確かに目障りだと思います。ただ、見慣れているせいか、日本人はふだん、あまり気にしていないようです」 フレミング氏は何かを考えるように、しばらく黙り込んだが、やがてこう言った。 「要するに、日本人は目障りなものを見ないで、美しいものだけ視野に収める技を持ってるということか」 わたくしが読んでいるこの本は、渡辺幸一著「イギリス風「融通無碍」のススメ」(講談社+α新書2009年4月20日第1刷発行) 電線も電柱も多くの自動販売機も、日本ではそのまま無配慮に屋外にどうどうとわがままに無制限に置かれ、そこにすむ人や通行者の気持ちなど、まったくおかまいなしである。日本人には。それらに対し、それをやめてほしいとか、どうにかしてほしいという主張をする習慣がなかった。逆に、それらを主張しようとすると、やたらし所有権やら公共の利益やらが堂々と黄門さまの印籠のように主張されたのである。 しかしながら、いま、私たちはその醜さに気がついている。問題はそれらを撤去するにはあまりに投資が必要なだけである。 そういえばepoleのもともとの意味はelectric pole(電信柱)にあった。けっしてelect poleではないので、念のため。 ゴールデンウィークも後半。今年も善光寺花回廊が開催された。これは5月2日早朝。善光寺まえの中央通り。花キャンパスとしては善光寺から最も遠く、長野駅に近いものであります。 花回廊はどういうわけか毎年5月4日に終了する。今年もすでに全ての花キャンパスは撤去されていることだろう。 この連休はほとんど出歩く気力なく、ただ徒に時間が進んでいくことを見守っている。 ・日本は原爆被害から見事に立ち直った歴史がある。そのすざまじい被害を受けた原爆の放射線量と、今回の福島原発で発生する放射能量の比較がわからない。その燃料量を比較した場合、福島原発は原爆の何倍なんだろうか。 ・5月3日(火)23時6分配信の読売新聞が「放射性物質含む汚泥、セメント材に使用」というニュースを伝えている。高濃度の放射性物質を含む下水道汚泥がリサイクルセメント材材料として出荷され、再利用されていたというもの。リサイクルについては、その非効率性はもちろん、リサイクルの循環の中で不純物、毒物等が混入し、被害を及ぼす危険性は認識していたものの、放射能汚染がリサイクル循環により拡散することは当初想定していなかった。今後放射能汚染区域はリサイクル循環社会から隔絶させ、区域内で処理を完結させるのか。リサイクル循環を維持すれば、少なからず放射性物質は拡散し続けることだろう。
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vending machines and Japanese
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