「屋上」の自動販売機
子供たちの後ろを休憩にきた店員が缶ジュースを持って歩いていて、俺は視線をそらした。二階の婦人服売り場にいる男で、確か柳田だったか柳原だったかいう名前だ。自分よりも一つか二つ上か、三一、二歳だと思う。必ず四時十五分過ぎに屋上にやってきて、自販機で黄色い缶のビタCレモンを飲み、陰になっているコーナーの青いベンチに座り、煙草を一本吸う。その律儀さが気持ち悪かった。(中略)
カラオケパトカーの中に体を縮めて入り、グラグラのハンドルに両肘をつきながら朝の屋上を見ていた。まだストアの開店時間まで一時間半もある。いつも俺は人事部の平田から確認のために入る電話、要するに遅刻してないかどうかを確かめる電話だが、それを受けた後、インフォメーションを出て、小さな乗り物に乗りながら、自販機の甘いミルクコーヒーを飲む。そして、子連れの母親達が入ってきて、俺は時々ゲーム機や乗り物が故障していないか点検をし、インフォメーションで六インチのテレビを見ながら、昼まで待ち、地下の弁当屋で鮭弁当か幕の内弁当かヒレカツ弁当のどれかと味噌汁を買い、遠視のメガネの少年がクリーンスウィーブをやりにきて、二階の婦人服売り場の男がビタCレモンを飲み、ポニーはじっとうつむき、シートをゲーム機にかけ、ダンベルを持ち上げれば、中原のおばちゃんが三年も前に転落死した女の子の話をして、俺は手を上げて答える。その連続だ。

わたくしが読んでいるこの本は、
藤沢周著 「屋上」(『文芸』1997冬号)

ストアの屋上にあるゲームコーナーで主人公は働いている。毎日が同じ繰り返しである。主人公は、毎朝自販機で「甘いミルクコーヒー」を買い、小さな乗り物に乗りながら飲む。二階の婦人服売り場に勤める男も、毎夕刻自販機で「ビタCレモン」を買って飲む。

昔はデパートの屋上には必ずゲームコーナーがあって、その隙間を埋めるように飲料自動販売機が置かれていたような気がする。現在では屋上は閉鎖されるか駐車場となり、ゲームコーナーは下の階に降ろされ、そのため観覧車や滑り台のような大型遊戯は見つけることが困難となった。

ところでジュースといえば、果汁100%のものをいうのだろうが、「ビタCレモン」というのはどう考えても果汁100%とは考えにくい。どこの社の製品であるのか特定しようと調べてみると、「ビタCレモン」という製品は、㈱タイガーという会社が販売している炭酸飲料で、350ml入り100円で自動販売機で販売されているようなのだな。この製品が本編に掲載された製品であるかどうかは不明ですが。

著者の藤沢周さんは、1998年「ブエノスアイレス午前零時」で第 119 回芥川賞を受賞している。
「壁」は「ブエノスアイレス午前零時」とともに、1998年8月1日初版印刷の書籍「ブエノスアイレス午前零時」(河出書房新社)に納められているのだが、自動販売機の影響か、わたくしは「壁」のほうが好きな作品なのだな。
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by epole | 2009-02-15 09:04 | 小説にみる自販機


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