「伸予」の自動販売機
「冷たいものでも飲みましょう、石の褥は痛くてかなわないや」
「海はもういいの」
「いいです、退却しましょう」
「わたしはもう少しこうしていたいのだけど」と伸予は沖に目をやりながらいった。すでに立ちあがっている善吉が黙っているので伸予はあきらめて膝を払った。
石の汀をよろけながら歩いて先刻の橋から往還に出た。昔とちがって、もう自分の思うようにはならないのだと伸予は思った。とにかく善吉のあとをついてゆくしかない。
古ぼけた雑貨屋の店先に清涼飲料の自動販売機が日を照り返していたが、伸予の顔見知りの女が傍に立って、伸予を見ていた。伸予は顔を伏せて通りすぎた。
クリーニング屋があった。その二階に「大漁食堂」という看板がかかっている。
「入ってみましょう、つめたいコーヒーぐらいおいてるでしょう」

わたくしが読んでいるこの本は、
高橋揆一郎 著 『伸予』(第79回芥川賞受賞)昭和53年上半期

七月のまひる、駅前通りの一本道には車も通らない。河原で善吉は伸予にいわれるまま膝枕となる。右手遠くには海水浴場が続いている。
雑貨屋の店先に飲料自動販売機が置かれている。食料小売店以外の店先にも自動販売機が置かれたのだな。この時期、人はいるけれど多くはない場所に自動販売機が普及してきている。でも、クリーニング屋前にはないようだ。駅を含め、このあたりには、自動販売機は雑貨屋の店先にあるのみである。
顔見知りの女がいなかったら、ふたりは自動販売機で冷たい飲料を買い求めたことだろう。そうすると、この先の展開も変わってきたのだろうか。
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by epole | 2007-05-04 10:43 | 小説にみる自販機


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