「サイドカーに犬」の自動販売機

私が頷くと、洋子さんはずるそうに笑った。そして自動販売機の前で立ち止まるとコーラを奢ってくれた。コーラは母に禁止されていた。
「こんなに飲めない」
「のこり飲んであげる」コーラもそうだが、道端で飲み食いすることも禁じられていた。一度にいくつものタブーをやぶることになり、おっかなびっくりプルリングに指をかけた。なかなかあけることが出来ない。洋子さんは私から缶をうけとると、長い爪をこじ入れて簡単にプルリングを起こした。
再び手渡されたプルリングを取り除いた。リングはめくれるときにちりり、とかすかに音をたてた。
・・・
それからもしばしば洋子さんは私を夜の散歩に連れだした。
三度目の散歩の時、煙草の自動販売機の手前までくると洋子さんは
「ねえ薫、山口百恵の家、みに行こうよ」と急に思いついたようにいった。
・・・
食事が終わると父は五十円玉の周囲にテープをまきつけたのを私に手渡した。
「これやる」重さと直径が百円玉と同じだから、これで自動販売機をだませるという。
・・・
洋子さんにコーラを奢ってもらった自動販売機に、父にもらった偽造硬貨をいれてみた。とたんに警報ベルが夜の路上に鳴り響いた。夏休みの終わりを告げるベルだ。私は走って逃げた。


わたくしが読んでいるこの本は、
長嶋有 著 『サイドカーに犬』(第125回芥川賞候補作)平成13年上半期

洋子さんは、しばしば私を夜の散歩に連れだす。そこには普通に自動販売機があるのだ。
歩きながらものを食べたり、立ってたべてはいけないとしつけられていた私たちが、そのことを意識しなくなったのはいつごろからだったろうか。最近ではスーパーマーケットで子供にお菓子を食べさせている親まで、いる。そういうとき、えぽるは、その子供の顔を見た後、親の顔をまじまじと見てやるようにしている。
以前の自動販売機は偽造硬貨に簡単にだまされたのだな。50円玉を百円玉に偽造する手口は始めて読んだが、書かれているとおり、いまの日本では通用しない。

長嶋さんは次作「猛スピードで母は」で芥川賞を受賞したのだが、私は「サイドカーに犬」のほうがずいぶん読み応えがあったのだな。
ところで今知ったのだが、この作品「サイドカーに犬」は、竹内結子さんの主演、根岸吉太郎監督で映画化され、今夏公開だそうではないですか!!いったいどこに行けばみられるのだぁぁぁ。。。

PS.本日(5月6日)読売新聞を読むと、長嶋有さんは、連作短編集「夕子ちゃんの近道」で第1回大江健三郎賞を受賞されたとのこと。夕子ちゃんの・・・はまだ読んでいないが、自動販売機を介してよい作品群にめぐり合ったことを感謝したい。
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by epole | 2007-05-04 08:29 | 小説にみる自販機


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