「高瀬川」の自動販売機
彼女がバスルームに去るのを見送りながら、彼は硬貨を入れて冷蔵庫の中から烏龍茶の缶を一本取り出し、ソファに座って蓋を開けた。
先ほどの抱擁の火照りは、今は少し治まって、人が出たあとのぬるい湯に、一人で浸かっているような気分だった。彼があのまま、ベッドに彼女を連れて行かなかったのは、アルコールの利尿作用独特の強い尿意を感じていたからだったが、こうして先を越されてしまったところを見ると、彼女がその中断を受け容れたのも、実は同じ事情によっていたのかもしれない。それが彼には、なんとなくおかしかった。
烏龍茶を音を立てながら勢いよく飲み、喉を潤すと、いよいよ限界が迫ってきて、彼は部屋の中を歩き始めた。ベッドの枕許には照明や空調、それに有線放送のスイッチ類が並び、傍らにはコンドームが二つ用意されている。さらに電話機とティッシュペーパーの箱、そして、冷蔵庫の横に設置してあった「アダルトグッズ」の自動販売機のメニューが一枚、無造作に置かれていた。彼は、透明のプラスティックでコーティングされたそのメニューを横目に見ながら、冷房を弱にし、抓みを回して照明を少し落とした横のスイッチを押してみると、部屋の全体がピンクと青との二色に切り替わった。下で写真を見た時には、壁の色は白ではなく青だったような気がしていたが、その不思議はこういう仕組によるものであった。

わたくしの読んでいるこの本は、
平野啓一郎 著 『高瀬川』「群像」平成15年1月号

わたくしがこのところ芥川賞受賞作を中心として小説をものすごく大量に読んでいる理由のひとつは、その時代時代で自動販売機がどのような立場にあったかを知るためでもあるのですが、時間ばかりでなく、私の全く知らない空間の自動販売機のことを知ることにもつながるのでありました。
ことに、この小説の舞台となったような休憩施設については!

さて、この小説ですが、最初の「ドアの上に赤いランプの点滅」から「イラッシャイマセという奇妙なアクセントの人工の音声を発する赤茶色に塗装された備え付けの自動精算機」「アダルトグッズの自動販売機のメニュー」「いまは使用されていないらしいエアーシューターという料金支払い用の機械」など、私のわからない(くどい!)世界が描写されています。
硬貨を入れて飲料を取り出すところからすると、ここで述べられている冷蔵庫は自動販売機の一種なのだな。せっかくならば、アダルトグッズの自動販売機についても、販売品目や価格、仕組みについても言及していただきたかったと思ったところです。
それ以外はべつにこれといった内容のない読み物だったんだな。

いつかこのような場所を訪れる機会がありましたら、きっと写真(自動販売機の)を撮ったり、綿密に取材をしたいと考えているところなのであります。
(そんなことを考えている限り、機会は訪れないであろう。)
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by epole | 2007-04-28 16:24 | 小説にみる自販機


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