「真夏」の自動販売機
女はイヤリングが耳障りな音をたてているとでも思ったのか、頸を二、三度、激しく振ったが、耳にイヤリングはない。生唾を呑み込もうとして咽喉をぐうっと鳴らし、虚ろなまなざしを商店街へ向け、クリーニング屋の隣の酒屋に置かれた自動販売機に目を留めた。
・・・
三叉路を通り過ぎて商店街のアーケードに入り、自動販売機に硬貨を落とす、腰を折って缶コーラをとり出すとそのままぐったりとしゃがみ込み、火照った頬に缶を押し当てた。生温くなったコーラを呑みながら部屋に戻って自分がとる行動を想像してみた。まだ一時にもなっていない、一日が丸ごと目の前に横たわっているのだ。

わたくしが読んでいるこの本は、
柳美里 著 『真夏』(平成9年)

前段に引用した「酒屋に置かれた自動販売機」と後段で引用した「自動販売機」はおそらく同じ自動販売機。
真夏の土曜日、男と3年暮らしたマンションを飛び出した主人公は、アーケードを抜けた三叉路で足を止め、道から、非常階段の上から部屋をながめ、やがて戻る。
外界と隔絶するなかで、女だけの時間が流れる。いま、彼女と関わりのあるのは自動販売機のみだ。
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by epole | 2007-04-24 05:40 | 小説にみる自販機


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