「家族シネマ」の自動販売機
私は百円玉を入れてドライヤーで髪を乾かしながら、鏡越しにでっぷりと太った老婆が全裸でベンチに腰かけ煙草の煙をくゆらせているのを眺めた。もう何年も前から辰巳荘で寝起きし毎夕この銭湯に通っているような気がする。まだ乾かないうちにドライヤーは止まったが、外で待っているはずの深見が気になって生乾きのままで服を着た。暖簾をくぐるとき番台の横にあるピンク電話が目に入っても誰かに連絡しようという気持ちは起きなかった。
彼は洗面器を抱えて飲料の自動販売機の前で待っていた。

わたくしの読んでいるこの本は、
柳美里 著 『家族シネマ』(第116回芥川賞受賞)平成8年下半期

これまで小説の登場した自動販売機は、誰かが飲料や切符を買うなど「販売」する場面が描写されていたのですが、この小説では、自動販売機は「販売」からはなれて、ただそこに存在するものとして登場しています。
そこにあることが普通の情景となったのだな。

百円玉を入れると一定時間使用できるドライヤーというのは自動サービス機の一種なのだろうけれど、百円はやたら高くはないか。以前はよく見かけたが、最近はどうなのだろう。
携帯電話はまだ普及していない。そういえば、公衆電話は昔自働電話と呼ばれていたな。

小説の中の二人がこの自動販売機を利用したかですが、後に 『電器店が冷蔵庫を届けにきたのだ。流しの横に置いてもらい、昨夜銭湯の帰りに近くのコンビニエンスストアで買ったミネラルウォーターと烏龍茶のペットボトル、牛乳の紙パックをなかにいれた。』 という文があります。かれらはコンビニを利用したようなのだな。
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by epole | 2007-04-23 07:15 | 小説にみる自販機


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