鴨 の自動販売機
湖を半周すると造りかけの公園がある。
いや、当局に言わせると、もう完成しているのかも知れない。
七、八年前、できたばかりの頃は桜まつり、菖蒲園、子供ボートレースなど、盛り沢山の行事が行われ、物珍しさも手伝って大勢の市民が押しかけたものだった。しかし、人々は二、三年で飽きてしまったらしい。風致地区のためか喫茶店一つなく、自動販売機も何もないせいかも知れない。景色だけでは三十分も保たないのである。それでも、春は花を見に来る人が少しはおり、夏はヨットやボートをやる人もいるが秋冬は閑散としてしまう。当局も飽いたのか金がないのか、遊歩道は途中でちょん切れている。折角植えた木も手入れしないので伸びほうだいだった。結局、立派な公衆便所と、その横の休憩所だけが残った。

わたくしが読んでいるこの本は、
吉田知子 著 『鴨』 (単行本『鴨』昭和60年)

昭和60年ともなると、戦後小説を覆っていた敗戦後の貧困は影を潜め、社会的にはなれないなかでインフラの整備が図られるようになり、人々はそれまでの貧困とは違う形のプレッシャーとたたかうこととなります。

最近建設される公共的施設を見ると、多くの場合当然のように自動販売機コーナーが設計されているのだが、それが当然のこととなるのはいつごろからだったろうか。
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by epole | 2007-04-10 05:41 | 小説にみる自販機


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