野に の自動販売機
死ぬ間ぎわに、サイダーを母親にねだりましてね、と男が言った。願いを叶えてやりたいが、サイダーなどの余分な嗜好品は、金を出しても手に入らない。死期は、明らかに近づいている。娘の顔を、途方にくれて眺めていた母親が、そのとき席を立って、台所に行った。兄もついて行った。
母親は、台所の棚から白い粉が入った瓶を取りだした。代用食の蒸パンに使う、重曹である。それを母親は、茶匙の先ですくい、コップに入れた。配給になっていた砂糖を加えて、水をそそぐ。コップの底から細かい泡粒が昇って、サイダーらしいみかけの液ができた。母親は、コップを息子に見せて、サイダーよ、と確かめる口調で言った。
娘が寝ている座敷に持って行った母親は、サイダーよ、と同じ言葉を、娘の耳に口を寄せて言った。山本は、嬉しそうに目を開けた。匙ですくって、一匙ずつ飲ませると、山本は唇を濡しながら、うまそうに飲んだ。それから間もなく、山本は死んだ。
富貴楼から見える、明るい町並みをさして山本の兄は、百円玉を入れれば、幾らでも飲みたいときに、うまいサイダーがでてきますね、と言った。
自動販売機の前に立って、百円玉を入れる。サイダーの缶がでてくる。でてくるまでの数秒の間に、妹の言葉が必ず脳裏に浮かんでくる。兄妹の嗜好は似ていて、ついサイダーのボタンを押してしまう。騒騒しい音をたてて転がりでる、冷たい缶のリングを引きあげながら、飲ませたい、と思う、と山本の兄が言った。

わたくしが読んでいるこの本は、
林京子 著 『野に』 (単行本『ギヤマン ビードロ』昭和53年)

舞台は長崎のK寺。原爆のため14歳で被爆死した同級生の三十三回忌の供養。山本の兄は、被爆死した妹の遺族として列席した。
彼にとって、自動販売機は妹の思い出そのものなのだ。

戦争中、どのようにしても手に入れることができなかったものが、今は百円玉を入れるだけででてくる。それは幸せなことなのだろうけれども。
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by epole | 2007-04-08 21:25 | 小説にみる自販機


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