「イギリス風「融通無碍」のススメ」の自動販売機
「寺院にも仏像にも、日本人の崇高な魂が込められている。高度な宗教美術を残してくれた祖先を日本人は誇りに思うべきだ。それにしても・・・・・・・・」
と彼は声をひそめた。
「千年前の寺院があれほど美しいのに、現代の京都や奈良の町並みが汚いのは、どういうわけだろうか。」
私も気になったのだが、寺院を囲い込むように、高さも大きさも不揃いなビルが立ち並んでいる。また、至るところに置かれた自動販売機が、景観をさらに見苦しいものにしていた。
「それに日本の街には電線が多いね。太い電線が空中に張り巡らされていて、ずいぶん美観を損ねているが、君たちは何とも感じないのかね。」
イギリスでは電線は基本的に地中に埋設されている。だから、街の空間が美しく保たれている。フレミング氏には、地上の電柱から電柱へ張り巡らされた電線が目障りだったようだ。そこで、私は言った。
「言われてみると、日本の電線は美観を損ねていますね。とくに古都の京都や奈良では、確かに目障りだと思います。ただ、見慣れているせいか、日本人はふだん、あまり気にしていないようです」
フレミング氏は何かを考えるように、しばらく黙り込んだが、やがてこう言った。
「要するに、日本人は目障りなものを見ないで、美しいものだけ視野に収める技を持ってるということか」

わたくしが読んでいるこの本は、渡辺幸一著「イギリス風「融通無碍」のススメ」(講談社+α新書2009年4月20日第1刷発行)

電線も電柱も多くの自動販売機も、日本ではそのまま無配慮に屋外にどうどうとわがままに無制限に置かれ、そこにすむ人や通行者の気持ちなど、まったくおかまいなしである。日本人には。それらに対し、それをやめてほしいとか、どうにかしてほしいという主張をする習慣がなかった。逆に、それらを主張しようとすると、やたらし所有権やら公共の利益やらが堂々と黄門さまの印籠のように主張されたのである。
しかしながら、いま、私たちはその醜さに気がついている。問題はそれらを撤去するにはあまりに投資が必要なだけである。

そういえばepoleのもともとの意味はelectric pole(電信柱)にあった。けっしてelect poleではないので、念のため。
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by epole | 2011-06-08 00:33 | 小説にみる自販機


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