「踊る地平線」の自働レストラン
以下、面談ーといいたいところだが、羽左衛門によれば、ただー。
倫敦は、地味でおちついていて。
巴里は、騒々しいが暢気で面白く。
亜米利加は、便利でおそろしくにぎやかだが、ロンドンが一番好きーおちついた気分だからーというだけのことで、
『何しろあめりかは大したものです。早いはなしが、食い物屋へ出かける。あちらでいうカフェテリヤ、つまりレストランでさね。あなた方もまあ一度は亜米利加へも行ってごらんなさい。這入るてとこう、ずらりと機械みたいな物が並んでて、穴へ金を入れると自働でもってパンが出る、ね、肉が出る、はははは、コップにコウヒイが出て一ぱいになると止まりまさあーって調子で、万事が簡便主義です。そのかわり人間も簡便だ。(後略)

私が読んでいるこの本は「黄と白の群像」(谷譲次著『踊る地平線』収録 岩波文庫1999年10月15日第1刷発行 なお、底本は昭和9年新潮社刊の一人三人全集第15巻『踊る地平線』。尾崎秀樹の解説によると『踊る地平線』は昭和3年8月から翌年7月までの12回にわたって『中央公論』に『新世界巡礼』の通しタイトルで掲載された。『黄と白の群像』は昭和3年10月に掲載されたと考えられる。)

『踊る地平線』は、著者が昭和2年から中央公論特派員として夫婦でヨーロッパを旅行した際の旅行記であるが、上記の風景は、体験としてでなく、羽左衛門氏の話の中で語られる、米国におけるオートマットの風景である。
穴に金を入れると自働でパンが出る、肉が出る、コーヒーが一定量注がれる風景は、当時の日本人にはどのように受け止められたのか。明治期から日本では果実水の自動計量販売機があるが、それだけのレストランというのはいかにも簡便主義で味気ない物と思われたのではないか。
いま、そのような風景は日本各地にみられるのだが。
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by epole | 2010-10-06 23:12 | 小説にみる自販機


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