「健康のため吸いすぎに注意しましょう」の自動販売機
タバコの自動販売機の前に立つ。ずらりと並んだタバコの中からキャスターマイルドボックスタイプを選んで千円札を紙幣投入口へ挿入する。ボタンを押す。「ありがとうございました。健康のため吸いすぎに注意しましょう」突然自動販売機がしゃべったのでぎょっとした。無機質な女の声だ。かえって不愉快になる。しかもありがとうって言ったくせに肝心のたばこが出て来ないのだ。もう一度ぼたんを押す。やはりタバコは出て来ない。釣り銭返却レバーをガチャガチャとひねる。何とつり銭も出て来ない。(なんでよお!)(嘘つき!)タバコのボタンを何度も押す。 (中略)
(自動販売機まで私を馬鹿にするってわけね)(理由も言わずに、ひどいじゃない)私は思いっきり、自販機を蹴り上げてみた。チロと違って相手は機械なんだから手加減なんかするもんか!でも手加減しなかったぶんだけ爪先がしびれて、あまりの痛みにその場にうずくまってしまった。 「イタタタタタタタ」 
ありがとうございました。健康のため吸いすぎに注意しましょう。またあの慇懃無礼な女の声で自動販売機が繰り返す。ざけんじゃねえ。タバコ、出しなさいよ。頭に来たのでガツンと殴ってみた。「ぎゃあっ」ものすごく手が痛かった。(こんな理不尽なこと、納得できないわよ)(私が嫌なら理由を言ってよ)タバコは出て来ない。なんとしてでもタバコを手に入れたかった。お金を払ったんだから、当然の権利だもん。お金を入れたらタバコが出る・・・・・・それって世の中の常識でしょ?ルールでしょ? (中略)
タバコは出て来ない。私は思い切って、自販機を前後に揺すってみた。自販機の中でガタガタっという乾いた音がする。これはきっとタバコが中に引っ掛かっているに違いない。そう思って私はさらに激しく自販機を揺すった。そしたら、なんてことだ。自販機が私のほうに大きく傾いて倒れてきた。いけない、このままじゃ倒れてしまうって思って、必死に元の位置に戻そうと思うんだけど、自販機はものすごく重くって私はじりじりと自販機の重みにつぶされて、ついには自販機の下敷きになってしまったんだ。私は巨大な自販機に押し倒されて、地面にひっくりかえった。倒れたショックでさらに壊れた自販機は「ありがとうございました。健康のため吸いすぎに注意しましょう」という無機質な機械音声を際限なく繰り返し始めた。 (中略)
もがいても、もがいても自販機はびくともしない。 (中略)
どれくらいの時間がたったかな、急に自販機が動いて、私は我にかえった。ふと見ると二人のホームレスが「うんしょ、うんしょ」と倒れた自販機を持ち上げてくれているのだ。「ほれ、さっさと這い出さんかい」一人のホームレスにそう促されて、私はあわてて自販機の下から這いずり出した。私が這い出すと、二人はどしんと自販機を投げ捨てた。そのショックのせいかどうか、自販機の暴力のようなつぶやきは「ありがと・・・・・・」で止んだ。


わたくしが読んでいるこの本は、
田口ランディ著  『健康のため吸いすぎに注意しましょう』(「ミッドナイト・コール」収録 2000年12月21日第1版第1刷発行 2001年1月5日第1版第2刷発行)

自動販売機から機械音がお礼の言葉が流れてくるようになったのはこのころ(20世紀末)からだったか。この音声は普通に作動しているという信頼性が前提にあるのであって、今回のように、商品やおつりが出て来ないような状況では、被害者の心情を逆なでする効果音となってしまう。二度とこんな機械でものを買うものかと思うのであります。そして最後には「暴力」となる。

逆に商品が奥のほうからどかどかと流れるように大量に流れ出てきたり、少額でもよいから余計におつりが出てきて、さらに機械が「ありがとうございました」と間抜けた音声を発するのであれば、「うん、また買いに来るよ」と頭をなでたい心持になるものを。パン屋の1ダースではありませんが、自販機には正確を期すのはもちろんですが、最悪の場合、お客が損をしない、得をするような方向で故障するようにすれば、さらなる顧客の獲得に効果があると思うのでありました。

お金を入れると音声を発する自動販売機といえば、最近ではまったく珍しくなく、一時は前を通りかかると呼び込みまでする自動販売機も登場したのでしたが、さすがに騒がしいやらうっとうしいためか、それらはあまり音を立てなくなりました。商品を買うと音が出る自動販売機としては、大正13年には「映画付きグリコ自動販売機」が東京に設置されていたのでありました。当時から日本の技術というものは大したものだったのだなぁ。この自販機の場合、今回の無機質な感情のこもらない「ありがとう」と違って、映画の提供自体が購入する対象だったから、相当な確実性が求められたことでしょう。

ところで主人公は自販機をゆすっているうちに自販機が倒れ掛かってきて押しつぶされそうになるのでした。
そんなことが果たしてあるのかといいますと、最近では2007年8月22日付けの日刊スポーツに、自販機で圧死した自販機ドロの記事が掲載されていました。
最近ではほとんどの自動販売機はボルト等で地面に固定され倒れにくくなっているのですが、街を歩くといまだに固定されない自動販売機、こちら側に傾いていたり、細いブロックの土台上に固定され強度が不安な自動販売機などに出会うので、近づかないよう注意しなければなりません。

それにしても、心がマイナスのときには、たくさんのマイナスが連鎖するのはどういう訳なのだろうか。
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by epole | 2010-08-24 09:24 | 小説にみる自販機


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