私は少し前まで、深夜の街をうろうろと歩いていた。目的もなく、煙草を吸いながら、招かれるように明かりの少ない方へ、街のもっとも暗い位置を探すように歩いていた。彼らに会ったのは、公園の脇にある自動販売機の前だった。停車したバイクに乗ったまま、それぞれがジュースを飲み、煙草を吸い、酔ったように何かを噛み砕いていた。(中略)
車庫へと帰る途中、あの公園を見つけて車から降りた。先日の男達は、今日は来ていないようだった。自動販売機でコーヒーを買い、ベンチで飲んだ。(中略)
十階ほどの古びたマンションを見上げ、あそこから何かを落としてみようと思った。子供じみた発想に、胸が微かに踊った。自動販売機で缶コーヒーを買い、エレベーターを使わずに階段を上がった。
わたくしが読んでいるこの本は、
中村文則 著 『土の中の子供』(133回芥川賞受賞)平成17年上半期
彼はタクシードライバー。四六時中煙草を吸っているのだが、この小説には煙草の自動販売機は登場しない。缶コーヒーは、いくつかの意味で彼の心を一時的に充足させる。
彼が欲しいと思うとき、その近くに自動販売機はある。彼は自動販売機の方に吸い寄せられていくのか。