「私の履歴書 立石一真」の自動販売機その3
話は変わって、42年だったか、東京のとあるサラリーマン金融会社からローン・マシン(金銭貸し出し機)の注文があった。東京証券取引所上場会社の課長クラスを対象にクレジット・カードを発行し、それをローン・マシンに入れると自動的に2万円出てくる仕組み。返済は3ヶ月分の分割払い、年利3割ということだった。早速開発して1台納入、西銀座に据え付けられたが、場所柄、いっぱい飲みたい時の小遣いが威張って借りられると人気があった。
このローン・マシンのクレジット・カードには40年に米国のシカゴにある自動販売機の大手筋、キャンティーン社の依頼で、自動販売機用クレジット・カード・システムを開発した時の自主技術を使った。その後、ローン・マシンは進歩して44年10月、住友銀行の依頼でオン・ラインの自動現金支払い機となり、さらに中央の電子計算機につないで、自分の口座から直接預金が引き出せるオン・ラインの自動現金支払い機へと発展、46年8月、三菱銀行でスタートした。これも世界初の記憶すべき出来事である。
このほか47年から銀行の両替業務を無人化した1万円の万能両替機、48年には自動預金ができていよいよバンキング・システムが整ってきた。また高額自動販売機としては航空機搭乗券自動販売機も東京、大阪空港に各一台据え付けられ、日航、全日空共同使用(一万円入れると搭乗券とつり銭が出る)でごく最近実用化された。

わたくしが読んでいるこの本は、
立石一真著  『私の履歴書』(日本経済新聞に昭和49年5月連載。「私の履歴書 昭和の経営者群像5」 1992年10月20日1刷)

立石電機が担うサービスの入り口は、食堂から鉄道、そしていよいよ航空へとつながっていく。私はこれまで米国に3回、欧州に1回、中東に1回だけ渡航経験があるのだが、いずれも自動券売機を使用してこなかった。その存在すら知らなかったのであります。
昨年セントレアから那覇まで飛んだ際は、楽天のHPで航空券を予約し、携帯電話に覚えさせ、セントレアの全日空の窓口で搭乗券と引き換えになりました。これは本文中の立石電機の開発したシステムよりも進んだ形態だと思うのだが、今はもう2010年であり、立石電機が1972年に航空機搭乗券自動販売機を開発してから38年を経過しているのだ。
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by epole | 2010-03-21 21:40 | 小説にみる自販機


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