ホームレス中学生の自動販売機
お金が無いことにはどうにもならないので、お金を探し歩いた。幸運にも公園からすぐ近くの自動販売機の下で500円玉を見つけた。とても感動的な出会いだ。物凄い衝撃が頭からつま先まで走り抜けた。煌々と光り輝いて見えた。その眩しさに目をくらませつつ手を伸ばした。 すぐにスーパーに走り感動的な出会いとは裏腹に、ともにした時間の短さに儚さを感じつつも500円玉に別れを告げた。これで腹の虫の機嫌をとることができた。その一食で500円を使いきってしまったので、その日はそのままお金を探し続けた。さっきの500円玉がすぐに見つかったので、結構簡単に小銭を拾い続けて生活できるのではないかと思ったが、その甘い考えはすぐに払拭された。
かなりの自動販売機の下を見て回った。最初は恥ずかしかったけれど、どんなに奥の小銭も見逃してはならない。見つけなければまた胃がキリキリと痛むと思うとだんだん必死になり、次第に恥ずかしさは無くなった。その探す姿はもはや見るでも覗き込むでもなく、潜るという表現が一番近かった。細かった僕の上半身は丸々、自動販売機の下に入っていた。そこまでして1円と10円を数枚拾ったものの、ご飯にあり付けるほどの額には至らなかった。夜になると辺りは暗くなり、自動販売機の表面は明るいけれど、潜ってみても奥は真っ暗でこれ以上のダイビングは困難となった。
(中略)
それからの数日は基本的に、お金を探す毎日だった。かなりの高確率でお金が落ちている自動販売機の並んだ酒屋があって、そこを「宝島」と呼んだ。しかし、さすがの宝島にも毎日落ちているわけではなく、もちろん収穫の無い日もあって死と隣り合わせだった。
(中略)
次の日が休みの日は、バイトが終わって近くの自動販売機の前にたむろして朝まで喋った。他愛もないことばかりで何を喋っていたかなんて覚えていないけど、とても楽しくて良い思い出である。自動販売機の所に着くと、僕が必ずつり銭口と下を覗く。みんなみ次第に真似をするようになり、一番最初に着いた奴が覗くという風習ができた。そうはいっても、みんなにはお小遣いだが、僕には生活費だったので真似をしてほしくなかったが、それをとめる権利は無かった。先に誰かに見つけられたときは、悔しくて悔しくて仕方無かった。それ以来、バイトが終わって誰よりも先に店を出て、自動販売機に行くのが、一日のバイトの最後の作業となった。

わたくしが読んでいるこの本は、
田村裕 著  『ホームレス中学生』(2007年9月20日初版発行11月25日9版発行)

私も自動販売機の下を見て歩いたことがあるのですが、なかなか三遊亭小遊三師匠がおっしゃるようには小銭は見つからず、特に500円玉にはお目にかかったことがありません。しかしながら、著者はその自動販売機の下で500円玉を発見し、それで命を繋いだのであります。
このような、小銭が下に落ちているかもしれない自動販売機というのは、社会的にも必要な存在なのかもしれません。わたくし不覚にも、この小説を読んで、さいごに目がうるうるとしてしまいました。
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by epole | 2010-02-20 19:32 | 小説にみる自販機


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